東京都新宿区の校正・校閲会社、円水社(えんすいしゃ)のブログ

  • 2019年06月19日(水)
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「真相大白」(しんそうだいはく)

 真相が完全に明らかになることを「真相大白」(周而复『上海的早晨』など)といいます。いまを時めく常用成語で事例にはこと欠きませんが、まずはホルムズ海峡での日本運航タンカーへの攻撃があります。アメリカとイランが犯人を押しつけあって実行者の姿が確かにならず、不明「真相大白」」です。それよりも安倍首相がトランプ大統領の意向で動くことで、先人が培った平和国家の評価が脅かされかねないのです。
 こんなことも。青森県八甲田のスキー場でだれかが樹氷にスプレーで「生日快楽)」と落書きをした。連れの女性の誕生日を祝って喜んでもらおうとしたもので、このニュースが流れたとき日本人の多くはスキー客の中国人カップルのしわざと思ったというのです。のちに29歳のミャンマー人と知れて「真相大白」となったものの中国の旅行客にしこりを残したできごとでした。古くは「水落石出」といったようです。これですと経緯は次第に明らかになりますが、逆行「真相大白」というのが現代事情のようです。

  • 2019年06月12日(水)
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「進寸退尺」(しんすんたいしゃく)

 一寸進んで一尺退くとなると、退き方が大きすぎるのでどうなるのでしょう。一方に尺では短すぎて寸では長すぎるという言い方もありますから、そのあたりは気にしながら「進寸退尺」(『老子「六九章」』など)は、得るところ少なく失うところが多い場合に、古くから用いられてきたことばです。老子はこれこそが兵法で勝利する道と説いています。唐の韓愈は、およそ二十年、薄命不幸でややもすれば讒謗にあい、「進寸退尺」ついに成るところなし、とみずからを励ましつつ採用を訴えています(上兵部李侍郎書)。 
 対しては「得寸進尺」(『戦国策「秦策三」』から)があって、范雎は秦王に寸を得たのだからただちに尺へとすすめています。貪欲なことが勝利への道だというのです、たしかに優れた研究者は満足しないこと、どこまでも貪欲であるのは必要なことです。
 高齢期の学者なら「進寸退尺」が実感でしょうし、自国ファーストに向かう大国の思惑で逆風をあびて、日本経済が「進寸退尺」にならないことを祈るばかりです。
 

  • 2019年06月05日(水)
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「銀海生花」(ぎんかいせいか)

「銀海生花」(蘇軾「雪后書北台壁 其の二」から)というのは、反射的な光線を浴びた時に眼にみえる花のことですから、だれでも経験していながら意識していない“わたしだけの花”のようです。「銀海」というのは唐代の道教の僧医であった孫真人の著『銀海精微』が眼科にかんする古典として知られて、いまでも眼科医むけの情報誌『銀海』が出ていますし、眼鏡の専門家を養成する日本眼鏡技術専門学校は銀海学園の経営ですから、「銀海」は眼あるいは眼科の意味合いで用いられている古語のようです。
 宋の蘇軾の詩は「凍合玉楼寒起粟、光揺銀海眩生花」というもので、王安石も「道書には肩を玉楼となし目を銀海となす」と解説していますからリアルには肩や眼をいうのでしょうが、「銀海生花」を詠った蘇軾には玉楼も銀海も花もそれとして見えていたはず。ぎんぎんぎらぎらと夕日が沈む日本海でつかの間の「銀海生花」に出合った人もあるでしょう。「眼花繚乱」で色に目まどうではなく、“わたしの花”をみてほしいのです。
 
  • 2019年05月29日(水)
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「游刃有余」 (ゆうじんゆうよ)

「游刃有余」(『荘子「養生主」』から)は、庖丁(ほうてい、料理人)の技術がすぐれていて、身のこなしも手さばきも軽く牛刀をあやつりながら骨と肉をやすやすと切り分けていき(桑林之舞)、あとに余地が残ることに。そこから比喩として経験が豊富で熟練した技術や知識で問題を解決するのにむだな力を費さないことにいいます。
 目の前で、庖丁が実にやすやすと牛をさばいていくのに驚いて文恵君(梁の恵王)が聞きます。庖丁はこれは技ではなく道だといいます。牛の骨と肉のつき具合をよく知って本来の筋目に従い本来のからだのしくみに従って調理するので骨に当たることがない。「腕のいい料理人でも年ごとに牛刀を替えるのは骨に当たるからで、わたしのは19年になり数千頭もの牛をさばいても研いだ後のように鋭利です」と答えます。「善きかな、言を聞いて生を養うを得たり」と恵王に言わしめています。
 アメリカ市場で中国製品が歓迎されるのも、「游刃有余」の結果だといいます。
 
  • 2019年05月22日(水)
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「大手大脚」(だいしゅだいきゃく)

 手が大きく足が大きい「大手大脚」(曹雪芹『紅楼夢「五一」』など)といえば、およその察しがつくように、金遣いが荒い、派手に浪費する、節制を知らないことに。六つの財布からひっぺがしたお小遣いで何不自由なく育ったひとり娘はオヨメにもらうなというのが、裏でのささやきです。日本にきて化粧品のバク買いをする中国客にはこんな性向の女性が含まれているのでしょう。「大手大脚」どころか美形です。では「小手小脚」はというと、こちらは気が小さくてまともにものごとができない、手足がうまく使えないことに。さらに「毛手毛脚」もあって、心がこもらない、沈着でないことにいいます。
「四体不勤」に暮らす都市住民や若者たちに対して、地方で子どもの学費や結婚費用のために辛苦して働く父母の手のひらはごつごつしています。泰山をのぼる客の荷を担いで6000段の石段を登る挑山人の肩には玉の汗が光っています。それを知る子どもはお小遣いを貯蓄します。不況があたえる反省の時が中国社会に近づいています。
 

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堀内正範氏

日本丈風の会 代表
Web月刊「丈風」編集人

当社が永く校正で携わった、『知恵蔵』(朝日新聞社)の元編集長、朝日新聞社社友。
現在は「日本長寿社会」を推進する「日本丈風の会」を主宰し、アクティブ・シニアを応援している。 中国研究を基にした四字熟語への造詣も深く、時事を切り口に、新聞や書籍において解説を行なっている。
日本丈風の会ホームページにて、「現代シニア用語事典」も掲載。

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