東京都新宿区の校正・校閲会社、円水社(えんすいしゃ)のブログ

  • 2020年01月22日(水)
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「首鼠両端」(しゅそりょうたん)

 子年の初めにネズミにちなむ四字熟語を探してみました。十二支で最小の生きものなので「胆小如鼠」や「目光如鼠」といった弱小なものの例に実感があります。「龍虎」や「犬猿」より身近な「猫鼠」にも前出の「猫鼠同眠」(2013・10・23)があって、意味合いでは逆の「窮鼠噛猫」も現場を見ることはなくとも情景はわかります。ただし中国での常用のことわざは鼠ではなく兎で、「兎子咬人」です。身辺で見る実態の強さです。

「大山鳴動して鼠一匹」は成語がありそうですが、これは古代ローマの詩人ホラチウスの詩からで、中国では「雷声大、雨点小」が同意味で用いられるようです。
 この「首鼠両端」(『史記「魏其武安侯列伝」』など)はネズミが穴から首を出して左右を見回しているようすですので、テレビ慣れしていない出演者が真ん中で右左を気にしてやたらに首を振るようすを好例としていいでしょう。躊躇して決めかねる意味合いでは、小国日本が大国米中を相手にしての外交などがその事例ということになります。

  • 2020年01月15日(水)
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「呑呑吐吐」(どんどんとと)

 呑んで呑んで吐いて吐いてというと、お酒呑みが酒を呑んでしゃべりまくる姿が思われますが、「呑呑吐吐」(文康『児女英雄伝「五回」』、魯迅『吶喊「端午節」』など)はそう痛快な情景ではなくて、相手の言おうとするところを顧慮してよく吞み込んで、こちらからは滔々としゃべらず含みを持たせた言い方をする。全容を明かさずに本意を隠すようにするというニュアンスがあります。毛沢東は「共産党員に呑呑吐吐はいらない。開門見山(前出)でいい」といっています。そんなおおげさな用例はいらないようです。女の子が深夜まで遊んで帰って父親から問われたときにどうじょうずに答えるか。
 人はいろいろなものを呑むようです。鳳凰を呑む「呑鳳之才」(李商隠)は豊かな文才にいわれ、これは「吐鳳の才」ともいいます。牛を呑む「呑牛之気」(杜甫)は旺盛な気勢をいいます。そして舟を呑む魚「呑舟之魚」(荘子)も現れ、「呑舟の魚は枝流に遊ばず」(列子)は志節の高い大人物は世俗にそまらないということになります。
 

  • 2020年01月08日(水)
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「高朋満座」(こうほうまんざ)

 新年なので、晴れがましく華やぎのある情景の成語を採り上げておきましょう。高貴な朋友・賓客が席を満たしている「高朋満座」(『三国演義「四〇回」』など)です。そういう場面は平和なこの国のあちこちの新年会で展開されていることでしょう。
 典故に引いた事例は、後漢末期の学者蔡邕(さいよう)にちなむもの。蔡邕は博学の上に数術、天文、音律にも詳しく鼓琴をよくしたと伝えられます。彼を囲んで賓客でにぎわっていたところへ訪客があります。その名を聞いて、蔡邕はあわてて履をはきちがえて迎えに出ます。「倒履迎之」(熱烈に客を迎える)の場面です。訪れたのは背が低く痩せて容貌の冴えない王粲(建安七子のひとり)でした。蔡邕は董卓に重用されたため獄死の憂き目にあいます。その娘が蔡琰(文姫)です。匈奴に連れ去られますが、曹操によって二人の子を胡地に残して連れ戻されています。時代に翻弄された親娘です。
 王勃の「勝友如雲、高朋」(「滕王閣序」から)は「勝友如雲」で紹介しました。
 

  • 2020年01月01日(水)
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「天下帰心」(てんかきしん)

 令和2年の元旦を迎えるNHKの「ゆく年くる年」を見ていたら、成田山新勝寺の本尊不動明王の前で、市川海老蔵が「にらみ」を披露していました。「にらみ」というのは本尊の形の異なる左右の目が表現している天と地つまり天下を見そなわす姿です。
 元旦・水曜日に公開する「四字熟語」を「天下」にかかわるものと定めて選んだのが、「天下帰心」(『論語「尭曰」』など)です。民衆に心から信任されて全幅の支持をえて国づくりをすることにいいます。令和になって、そういう世の中に向かうでしょうか。
「天下帰心」には三国時代に曹操の用例が知られます。曹操は「短歌行」で、「周公吐哺、天下帰心」と詠っています。兄武王を助けて周を建てた周公旦は、食事中でも賢人が訪ねてきたと聞けば、口中のものを吐いて会ったといいます。曹操はそれに倣おうとしたのです。食事中だからと人を待たせるようでは天下はとれません。元旦に店を閉めざるを得ないようでは「天下帰心」の世に向かっているとはいえないでしょう。
 

  • 2019年12月25日(水)
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「市無二価」(しむにか)

 近ごろ同じものの値が店によって買い方によって違うことに戸惑いながらも、庶民としては安く手に入れられることに満足しているようす。世情が混乱にむかっている兆候とは思いもしないようです。元日に店を閉めるか開けるかも同根の問題です。
 ものの値がふたつない「市無二価」(『漢書「王莽伝・上」』など)は、前漢末の混乱期に王位を簒奪して「新」朝(8〜23年)を建てた王莽(おうもう)が世を混乱から立ち直らせようとした改革「四無理想」のひとつです。あとの三つは官無訴訟、邑無盗賊、野無飢民で、この三つもいまの日本では日々のTVニュースをにぎわせています。わが国は昭和後半に「平和と平等」の九割中流社会を達成したあと、「軍事と格差」を強めながら平成から令和にかけて混乱にむかう兆候をみせています。いまの中国でそれほど用例を見ないのは、ナイキのスニーカーなどの転売で最適価格を広告する程のことで、世の混乱を収拾し社会を立て直そういう「市無二価」改革の時期ではないからでしょう。
 

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堀内正範氏

日本丈風の会 代表
Web月刊「丈風」編集人

当社が永く校正で携わった、『知恵蔵』(朝日新聞社)の元編集長、朝日新聞社社友。
現在は「日本長寿社会」を推進する「日本丈風の会」を主宰し、アクティブ・シニアを応援している。 中国研究を基にした四字熟語への造詣も深く、時事を切り口に、新聞や書籍において解説を行なっている。
日本丈風の会ホームページにて、「現代シニア用語事典」も掲載。

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