東京都新宿区の校正・校閲会社、円水社(えんすいしゃ)のブログ

  • 2019年08月21日(水)
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『大隠朝市』(たいいんちょうし)

 先の大戦の戦禍のあと、復興から高度成長そして繁栄期の日本をこしらえた功労者である高齢者(65歳以上)のみなさんは、意識の上でも実生活でも「毎日が日曜日」といわれる余生(隠居)を送っています。やれやれと肩の荷をおろして。
 隠居については西晋時代の王康琚「反招隠」詩に「大隠は朝市に隠る」があって、真の隠者はにぎやかな市中に暮らしているというのです。唐代の白居易(字が楽天)は「中隠」詩で、大隠はやはり朝市に住むこと、喧騒を離れ丘樊(郷村、山中)に入るのは小隠で、「出づるに似てまた処(お)るに似たり」の中隠をよしとしています。しごとに留まっても心と力を労せず、忙しすぎず閑でもない、飢えと寒さをしのぐ給与もえられるというもの。「生涯現役」が近いですがやや忙しそう。3500万人に達した高齢者が小隠では年金不足は当然。中隠といわず「大隠朝市」人生を志向する時期にあるようです。
 

  • 2019年08月14日(水)
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「恕己及人」(じょききゅうじん)

 暑熱の8月15日を迎えて思うこと。聖人(リーダー)の道は「為して争わず」(『老子「八一章」』から)と言い残して関外へと去った先哲は、また「善く戦う者は怒らず」(怒りでは戦わない)ともいいます。怒りで争えばさらに怒りを生むからです。胸中にうずいて勢いづく「怒」をなだめてゆるやかな「恕」に変え、おのれの恕を人に及ぼすことで争いを回避・解消できるというのが「恕己及人」(葛洪『抱朴子「至理」』など)です。

 日ごろ身近な「怒」(ど。いかる)の傍らに「恕」(じょ。思いやる、ゆるす。人名用漢字)があり、この女性に起因するふたつの文字は心の同じ部位から異なった感情を表出しています。「一言にして終身行うべきもの」を門弟(子貢)から問われた哲人(孔子)は「それ恕か。おのれの欲せざる所は人に施すなかれ」(『論語「衞霊公十五」』)と答えています。わが福沢諭吉も『福翁百話「八」』で「恕の道」を認めています。恕子(ひろこ)さん、人びとの心の中の「怒」を「恕」に変えてください。言い過ぎていたらお恕しを。

 

  • 2019年08月07日(水)
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「寥若晨星」(りょうじゃくしんせい)

 東の空が明るんで暁の光が射すころになると、天空にあって数えることができないほど輝いていた星が消えていきます。新しい朝を迎えて最後まで輝いている星が「晨星」です。あけの明星(金星・啓明星)を最後にして。親しい友人や人材が次第に減っていくようすが「寥若晨星」(孫文『建国方略「二」』など)です。「寥落晨星」「落落晨星」とも。
 魯迅も『書信集「致山本初枝」』に、上海の内山書店で「談論できる人が晨星のように少なくなって(寥若晨星)、寂寞の感」と記しています。数が少なくなった意味合いで用いていますが、「晨星」はそれゆえ「鳳毛麟角」に比べられるかけがえのない人びとなのです。鳳凰の羽毛と麒麟の角はどちらも貴重で希少なものにいわれます。
「人生100年」時代にいくつから「晨星」と呼べるかわかりませんが、戦禍から立ち上がって史上希な70年余の「平和と平等」の社会を創った先人の訃を聞くたびに、次世代にメッセージを送りつづけた「晨星」がまたひとつ失われる寂寥を感じるのです。
 

  • 2019年07月31日(水)
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「玉骨冰肌」(ぎょくこつひょうき)

 美しい玉が砕け散る「玉砕」は、古典では美しい女性の死を哀惜する「玉砕珠沈」や「玉砕香消」として用いられています。そして人生のひとときを梅の花のように香気を漂わせて生きている女性をいうのが「玉骨冰肌」(揚無咎「柳梢青」など)です。

 玉骨は指や脚に露わですし、白く潤いを含んだ皮膚はひんやりとして。宋代の詩詞にはこの天賦のままの容姿をもつ「玉骨冰肌」の女性が多く詠われていて、蘇軾にも「冰肌玉骨」(洞仙歌)があります。現代でも才貌そろった女性を「玉骨冰肌」と形容しますが、かつての美人とのちがいは衣装や化粧で天賦の美を失っていることでしょうか。

 八月に「玉砕」というと、第二次大戦中の日本軍守備隊が潔く大義に殉じて全滅したことを大本営が発表するときに使った「玉砕」を思い起こします。そしてついには「一億玉砕」までいわれました。しかし大義に死ぬ意味合いでの「玉砕」は中国では用例を見ませんし、日本では美人をいうのに「玉骨」を用いることはないようです。

  • 2019年07月24日(水)
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「決勝千里」(けっしょうせんり)

 千里も離れたところで戦略を立ててはるかな戦場で勝利を収めることを「決勝千里」(『史記「高祖本紀」』から)といいます。楚の項羽を倒して漢王朝の皇帝に推された劉邦は、都の洛陽に文武百官を集めて祝宴を開きます。その席で臣下の三人(人中三傑)を褒めあげたのです。まずは維幄(陣幕)の中にあって戦略を立て、千里先の戦場での勝利を見通せる張良(子房)にはかなわない。百姓を安んじ戦いのための糧道を絶たない䔥何にもかなわない。そして攻める城は必ず落とす韓信の用兵はわたしより勝れている。自分より勝れている三人を用いることができて天下がとれたのだと褒めあげたのです。成果を臣下の力とする大将もさすがと思わせて。

「決勝千里」は羽扇軽揺の諸葛亮、唐の李世民や明の朱元にもいわれますが、現在は「国考申論」(国家公務員試験)の論文がこの「決勝千里」だといいます。課題の本質と特徴を的確に把握し国を治める要諦をまとめる能力がそれだというのです。

 

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堀内正範氏

日本丈風の会 代表
Web月刊「丈風」編集人

当社が永く校正で携わった、『知恵蔵』(朝日新聞社)の元編集長、朝日新聞社社友。
現在は「日本長寿社会」を推進する「日本丈風の会」を主宰し、アクティブ・シニアを応援している。 中国研究を基にした四字熟語への造詣も深く、時事を切り口に、新聞や書籍において解説を行なっている。
日本丈風の会ホームページにて、「現代シニア用語事典」も掲載。

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