東京都新宿区の校正・校閲会社、円水社(えんすいしゃ)のブログ

  • 2024年03月13日(水)
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「目撃道存」(もくげきどうそん)

 釈尊が天竺の霊鷲山での説法で蓮の花をひねって「拈華微笑」(ねんげみしょう)した

とき、大勢の弟子たちの中で摩訶迦葉だけがその意味合いを微笑して理解したという逸話

から、禅宗の「不立文字」の奥義が生じましたが、ことばを介することなく凝視する目撃

によって「道」を受容する「目撃道存」(『荘子「田子方」』から)が道教の荘子の立場

となっています。晋代の「竹林七賢」のひとり阮籍は自著を残していますが、その言説よ

りも長嘯によって本意を伝えたといわれています。阮籍は気にそわない人物には「白眼」

で対したことで知られます。


 ことばなく情意深く見つめることに「脈脈無言」があります。春の杏の花の季節を待ち

わびる想いにも用いられます。漢の司馬相如は意にかなわないため三年にわたって「黙黙

無言」でありつづけました。主君が民の願いを黙視するなら民もまたその支配に従うこと

できないのが「黙黙無聞」であり、唐の韓愈はそれを「蔑蔑無聞」といっています。

  • 2024年03月06日(水)
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「声聞過情」(せいぶんかじょう)

 名誉声望が実際の状況を超えていることを「声聞過情(『孟子「離婁・下」』から)

といいます。孟子は、実績を伴わない名声は水源のない水流のようなもので「君子はこ

れを恥」としています。常に当人に自省の意識があってこそ評価が成り立つというので

す。「声聞」にかかわる成語でよく知られているのは、後漢の歴史家班固が王位を簒奪

した王莽を評した悪、聞くに忍びず「悪不忍聞」。積み上げて得た「声聞」を痕跡なく

破壊し収拾つかなくするのが「声名狼藉」で、評判を聞いて驚き胆を喪う「聞風喪胆」、

民衆は怒りや哀しみを声に出せずに抑えねばならない「忍気呑声」に。


 前世紀に国際的に先人が築きあげた名誉声望どちらも評価される「令聞令望」の日本

は、GDPで中国、ドイツに抜かれインドに迫られ、一人あたりGDPでは30位以下に

埋没して「声聞過情」の状況に陥っています。この「前代未聞」の状況を招いた君子

(政治家)はこれを「恥」として衆議院を解散し国民に信を問うしかないでしょう。

  • 2024年02月28日(水)
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「看花涙下」(かんかるいか)

 唐の詩人李商隠(字義山、812〜858)が生きた時代は「晩唐」といわれます。300年と

いう長い平和がつづいた唐王朝が後退期にあることのさまざまな兆候を示して、もはや復

活再生することなく衰亡していったのでした。春を迎えて華やかに咲き誇る花を看ても悲

痛の涙が落ちるのが止まらないという「看花涙下」(『李商隠「義山雑纂」』から)の現

実。人為が自然の風景を壊す営みを詩人商隠は「殺風景」(「雑纂」から)と呼んで、捕

った獲物を川畔に並べる獺祭魚(カワウソ)のように並べて感懐を示すのです。


「看花涙下」「苔上鋪席」「花下曝褌」「果園種菜」「背山起楼」「焚琴煮鶴」屠家

念経」「尼姑懐孕」「親情犯罪」「貧家嫁娶」「流汗行礼」「大暑赴会」「県官似虎」「市

井穢語」「乞児夜号」「舟中雨漏」「未語先笑」などを列挙しています。晩唐を感知する詩

は馬車を駆って長安の楽遊原に登り夕陽に向かって「これ黄昏に近し」(「登楽遊原」)

と詠いましたが、令和の庶民は何をよしとしたら癒しを得られるのでしょう。

  • 2024年02月21日(水)
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「満城桃李」(まんじょうとうり)

 優美な桃李の花が満開になるころ、唐の都長安の城中のあちらこちらに科挙に合格して晴

れやかな学生の姿が見られました。そのことから、劉禹錫の詩「宣上人遠寄賀礼部王侍郎

榜後」に「満城桃李属春官」と詠われて、これから成熟に向かう学生が多数いる情景

を喩えていうようになりました。春には花を、夏には樹陰を、秋には成熟して果実をもた

らし、根は薬用にしたことから「桃李満天下」とも。以後「満城桃李」は李廷珪の墨と

して珍重されることに。品格が優れて実績を積んでいる人のもとにはみなが慕い寄るとい

う「桃李不言、下自成蹊」は成蹊学園の建学精神になっています。


 桃の里には陶淵明の「桃花源記」に由来する仙境「桃源郷」があります。湖南省常徳市

桃花県がモデルとされて観光地になっています。日本の「桃源郷」といえば山梨県笛吹市。

笛吹川の扇状地に日本一を誇る「桃の里」が広がっていて「ピンクの絨毯」となって季節

を彩ります。2024年の「桃源郷春まつり」は3月24日〜4月7日です

  • 2024年02月14日(水)
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「低声下気」(ていせいかき)

 通常の話し方を変えて恭順なようすを示すのが「低声下気」(馮夢龍『醒世恒言「第三

十巻」』など)です。要職にあった政治家が内心では裏金の件を知りながら、日ごろ使わ

ない喉の奥からの低い声でする「謝罪」がそれ。真意を伝え得ない言いつくろいがあらわ

です。単に「低三下四」とも。朱熹は『童蒙須知』で子弟に常に「低声下気」にして「浮

言戯笑」を禁じ、李汝珍は『鏡花縁』で「低声下気、恭恭敬敬」をいいます。


 日ごろ自尊心の強い「無法無天」の性情まるだしの斉天大聖孫悟空が、真武大帝の面前

に出ると恭恭敬敬「低声下气、躬身行礼」に変じる姿が思われます。また唐代の詩人に王維

とともに山水詩で知られる孟浩然がいます。王維の詩の空気感に対して孟浩然の詩には現

実的接地感があります。「春暁」などの五言詩が得意でとくに「望洞庭湖贈張丞相」は千

唱の「低声下气」とされていて、その結尾の10字「坐観垂釣者、空有羨魚情」

は少なからぬ人々の人生箴言として座右の銘になっています。

 

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堀内正範氏

日本丈風の会 代表
Web月刊「丈風」編集人

当社が永く校正で携わった、『知恵蔵』(朝日新聞社)の元編集長、朝日新聞社社友。
現在は「日本長寿社会」を推進する「日本丈風の会」を主宰し、アクティブ・シニアを応援している。 中国研究を基にした四字熟語への造詣も深く、時事を切り口に、新聞や書籍において解説を行なっている。
日本丈風の会ホームページにて、「現代シニア用語事典」も掲載。

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