東京都新宿区の校正・校閲会社、円水社(えんすいしゃ)のブログ

  • 2018年07月18日(水)
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「宝刀不老」(ほうとうふろう)

 ことしのウインブルドンで錦織圭選手はジョコビッチ選手に敗れてベスト8どまり(7月12日)でした。その陰で元トップ選手招待試合「インビテーション・ダブルス」に登場したのが、2003年女子ダブルスで優勝した杉山愛選手と個人2位のキャリアをもつ中国の李娜選手。アジア・リジェンドが組んで欧米組にストレート勝(7月10日)。引退後も技に衰えのない二人に「宝刀不老」の評価の声が聴かれました。

 典拠は蜀の老将黄忠「ご老体なお出陣なさるか」といわれて「なにをいう、わが手中の宝刀は不老じゃ」と答えて出陣したことから(『三国演義「七〇回」』)。そこから老いてなお元気に活躍する人を老黄忠と呼ぶようになりました。ですから本来は伝統工芸士のような人が年をとっても技能に衰えのないことをいうのでしょうが、もっと幅ひろく、サッカーのヴィッセル神戸のイニエスタ将棋の羽生善治の活躍でもいわれるでしょう。人ばかりでなく手入れのいいキャデラックなどを前にしてもいわれます。

  • 2017年12月20日(水)
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「漱石枕流」(そうせきちんりゅう)

 夏目金之助が文筆名を漱石とするもととなった「漱石枕流」(『世説新語「排調」』・『晋書「孫楚伝」』から)をとりあげておきましょう。晋で才藻卓絶と称された孫子荊(孫楚)は年少のころに隠居したいと欲して、友人の王武之(王済)に高潔の士が山林に隠居する「枕石漱流」(曹操「秋胡行」など)というところを「漱石枕流」といってしまいます。王が、「流れを枕にできるのかね、石で漱(くちそそ)ぐことができるのかね」と問うと、孫は「枕流というのは耳を洗うため、漱石というのは歯を砥ぐためだよ」と応じます。世俗にまみれたことを聞いてくれた耳を洗ってやり、余計なことをいわないように歯を砥いで鍛えるのだというところなのでしょう。流俗に従わない意志を示すことばになりました。
 徂徠に傾倒し漢詩文に熱中した少年は、25歳のとき正岡子規の「七草集」の批評で当座の間にあわせといって漱石を用いています。のち文筆で立つ構えを示して。漱石は大正五(1916)年、50歳で「則天去私」を自作の四字熟語として残して去りました。
 

  • 2017年02月15日(水)
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「石破天驚」(せきはてんきょう)

 唐代の鬼才李賀が詩的感性の冴えを示して、石を破って天を驚かせるという「石破天驚」(李賀「李慿箜篌引」から)という表現を用いたのは、李慿が奏する外来の弦楽器箜篌(くご)から撥き出された音色が、かつてだれによっても表出されなかった新奇で意想外な情域に達していたからでしょう。伝説の女媧が五色の石を練って天を補修した、その補石を破って溢れ出して天を驚かせたというこの四字成語は、詩文や演奏ばかりでなく、世の中を震撼させるほどの内容をもつさまざまな事象で用いられています。
 たとえば、岩を掘削して彫り出した雲崗や龍門石窟の仏像群は「石破天驚」の文化遺産ですし、逆に石づくりの摩天楼もそうでしょうし、一転してスイス製の時計や日本製のカメラ・レンズといった精密機械にもいわれますし、サッカーで敵の固いディフェンスの壁を破って矢のようにゴールに飛び込んだキックなどにもいわれます。女媧の補天にちなんで客家の人びとは農暦1月20日を「天穿日」として祝っています。 
 
  • 2016年11月23日(水)
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「象箸玉杯」(ぞうちょぎょくはい)

 象牙の箸と玉製の杯が並べば、およそどんな食事がはじまるかの想像がつきます。箕子は紂王が象牙の箸をつくったときに天下の禍を怖れたといいます。この「象箸玉杯」(『韓非子「喩老」』から)という成語の主は「酒池肉林」や「長夜之飲」と同じ紂王です。ご存知のように紂王は人がなしうる限りの悪逆をつくした王として知られ、諫めた箕子は狂をよそおって命を永らえたといいます。「玉杯象箸」といわないのは、象箸を使えば犀玉の杯を求めて「象箸玉杯」となるからで、そうなれば料理も牛象豹の肉となり、錦衣を着、高台にのぼり・・。

 箕子が象箸を見て怖れたのは、のちの天下の禍を見たからで、それから5年で「酒池肉林」の末に亡国を迎えています。始めの小事を見て終わりの大局を知る箕子のこのことばに、韓非子は老子の「小を見るを明」(『老子「五二章」』から)を引いています。

もちろん奢侈によって滅びたのは、ひとり紂王ばかりではありません。

  • 2016年11月09日(水)
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「十年一剣」(じゅうねんいっけん)

「十年一剣を磨く」というのは唐の賈島の詩「剣客」の首句です。こつこつと労苦して十年をかけて磨きあげた一剣。その「霜のような刃」をもつ名剣を、「未だかつて試みず」、試みる相手も機会もなかったと剣客はいい、モノの「品格」が理解されず、ヒトの「品性」が衰えていく時代をみています。賈島は三十年も都にいて科挙に何度も失敗し、ひとたびは出家しています。この「剣客」は僧籍にあったときの慷慨の詩です。賈島は「一字之師」(2016727)で、韓愈に自詩の「推敲」をしてもらった故事で登場しています。
 同じ十年でも「十年窓下」や「十載寒窓」というのは、長いあいだ人に知られず学問にはげむこと。無名でひたすら勉学に努めて、「科挙」に合格すると一挙に名が天下に知れ渡ることになります。冬の窓辺で降り積もる雪を眺めては年月をかさねて、髪が白くなるのを見た人、志を得ずして故郷へ帰った(白首空帰)人も数知れません。
 現代中国では、長年かけた製品の優秀さを訴える広告に多く用いられています。
 
 

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堀内正範氏

日本丈風の会 代表
Web月刊「丈風」編集人

当社が永く校正で携わった、『知恵蔵』(朝日新聞社)の元編集長、朝日新聞社社友。
現在は「日本長寿社会」を推進する「日本丈風の会」を主宰し、アクティブ・シニアを応援している。 中国研究を基にした四字熟語への造詣も深く、時事を切り口に、新聞や書籍において解説を行なっている。
日本丈風の会ホームページにて、「現代シニア用語事典」も掲載。

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