東京都新宿区の校正・校閲会社、円水社(えんすいしゃ)のブログ

「小心翼翼」(しょうしんよくよく) 

 四字熟語の多くは日中同形同義で用いられていますが、身近なことばでは「小心翼翼」(『詩経「大雅・大明」』から)が異なっている例としてあげられるでしょう。「翼翼」は謹慎厳粛であること、秩序が整っていること。『詩経では周王朝の創始者である文王(姫昌)の言動が厳粛敬恭であったことにいわれており、いまも中国では「小心」は心を込めて語り、慎んで行動することにいわれます。明治時代の福沢諭吉の『学問のすすめ「二編」』では「小心翼々謹みて(法を)守らざるべからず」と同義で記しています。
 わが国では気が小さいこと、「小心もの」はけなす意味なので、中国で人気の「共亨単車」(シェア・サイクル)の導入に日本は「小心翼翼」といわれると評価の理解に悩むところです。毎年国慶節を前に天安門楼上の毛主席画像を“換新”する作業員が「小心翼翼」であること、中国卓球協会が世界一をつづけるために「小心翼翼」であることはよく分かります。「小心」(シャオ・シン、お気をつけて)といわれて戸惑うことのないように。
 

「冰魂雪魄」(ひょうこんせつはく)

 白色の狩猟犬グレイハウンド(格力犬)が、雪原を時速70kmで兎を追う姿や零下40度の凹凸のある冰雪路面をなめらかに走る4駆車には「冰魂雪魄」(陸游『剣南詩稿「北坡梅」』など)と呼ぶにふさわしい気魄があります。人物評としても高潔で品格のあるようすをいいますが、厳しすぎるせいか用例にこと欠きます。遠路たずねた師の程頤(伊川先生)が瞑座しているので尺余の雪がつもる門外で目覚めるのを待ったという「立雪程門」の学生や雪あかりで書を読んだ「孫康映雪」の孫康はこのうちでしょう。
 周りの植物が春まで冬眠中も氷雪にめげずに開花する梅を愛でて「冰魂雪魄」をいいますが、その梅に高潔の志を託して「雪中高士」(2013213と呼ぶことは紹介しました。「世界三大雪まつり」といえば「さっぽろ雪まつり」、「ケベック・ウインター・カーニバル」それに「ハルビン国際冰雪節」で、ハルビンでは彫刻展示だけでなく寒中遊泳、球技、撮影会、結婚式などなど、市民の「冰魂雪魄」なしには運営できないでしょう。
 

「楽極生悲」(らくきょくせいひ)

 他者に先行し上に立つ人物をよく観察した古人は、その志と楽について「志不可満、楽不可極」(『礼記「曲礼上」』など)といって自制を求めています。喜楽歓愉は極端にいたらず超出せず、限度を知ることが肝要だというのです。
 とくに小人在位(君子在野)の時代には「志得満意」となり、はては「楽極生悲」(『三侠五羲「一回」』など)という姿を演じることになります。同情されるべきは下に居て、歓楽は一転して悲哀を生ずという無道の政治状況につきあわされる黎民です。
「楽極生哀」ともいい、こちらにはよく知られた「歓楽極まりて哀情多し」(漢武帝「秋風辞」)があります。秦始皇か漢武帝かといわれるほど壮大な野望に生きた武帝劉徹の少壮時の歓楽のほども、また老いとともに迎えた哀情のほども測り知れませんが、ことばは人民にも通じます。戦後「堕落論」の坂口安吾と太宰治と織田作之助の鼎談「歓楽極まりて哀情多し」(実業の日本社文庫)なら、哀情のほども庶民に届くでしょう。
 

「想入非非」(そうにゅうひひ)

 実際にある姿を離れて実現ができないことを想像することを「想入非非」(『官場現形記「四七」』など)といいます。もとは仏教が説く世界観で、通常の能力では到達できない玄妙な境地(天上界)のうちの最上位の天を「非想非非想天」(有頂天)といいます。座禅瞑想で到達できる境地では次はもう涅槃(入滅)であるというほどにつきつめた世界なのです。わたくしたちは、いささか気軽に有頂天になったりしているようです。
 企業家イーロン・マスクが熱っぽく語るロケットやソーラーシティの野心的なプロジェクトは、まさに近未来の「想入非非」の世界といえるでしょう。
 日本女性の和服姿は、民族衣装のなかで男性にとって女性の魅力をもっとも「想入非非」させる衣装といわれます。中国服の旗袍(チーパオ)もそうですが、北方系狩猟民族の衣装は活動的だからでしょう。美女を前にしての「想入非非」ということになれば、男性は想像をたくましくして仏教が説く有頂天とは別の世界に遊ぶことになります。

 

「神機妙算」(しんきみょうさん)

「神ってる」が2016年の新語・流行語大賞に選ばれましたが、四字熟語なら「神機妙算」(『三国演義「四六」』など)でしょうか。本人すら予測不能ながら実行して最善の結果を導き出す超人的な能力。「神ってる」は、超人とか神ががっているとかを越えて神そのものになりきっているところが新語の妙味なのでしょう。
 広島カープの32年ぶりセ・リーグ優勝に貢献した鈴木誠也外野手がその人で、発語者は緒方孝市監督。「錦上添花」(2016・9・21)となる来季の年俸が3.75倍の6000万円に。打率10割、200本塁打、1000打点くらいが来季の目標と真顔でいうのですから、「神ってる」にはちがいありません。「神奇莫測」ともいいます。
 有名なのは風の変化まで読んで仕掛けた諸葛亮の「草船借箭」の故事ですが、多くは「以弱伐強」の局面で生まれるようです。碁の盤面ではだれも予想できなかったそういう「神機妙算」の妙手が生ずることがあるようです。
 

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堀内正範氏

日本丈風の会 代表
Web月刊「丈風」編集人

当社が永く校正で携わった、『知恵蔵』(朝日新聞社)の元編集長、朝日新聞社社友。
現在は「日本長寿社会」を推進する「日本丈風の会」を主宰し、アクティブ・シニアを応援している。 中国研究を基にした四字熟語への造詣も深く、時事を切り口に、新聞や書籍において解説を行なっている。
日本丈風の会ホームページにて、「現代シニア用語事典」も掲載。

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