東京都新宿区の校正・校閲会社、円水社(えんすいしゃ)のブログ

「忘乎所以 」(ぼうこしょい) 

 過度に興奮したり驕り高ぶって有頂天になり平常のときとは異なったふるまいをすることを「忘乎所以」(古華『芙蓉鎮「三章」』など)といいます。「忘其所以」とも。
 初恋のときや観劇中に涙したことや新車に初乗りしたときの自分を思ってみればわかります。ひととき冷静さを失っていてもいずれは言行も平常に。日本をよく知る観光客は、東京では喧噪を楽しみながらお目当ての買い物をし、季節の富士を眺め、神戸では静かに和牛料理で至福の時をすごすそうで、こんな「忘乎所以」ならうらやましい。
 さて核開発やミサイル発射で国際社会を騒がせ国民を過剰に鼓舞してきた金正恩委員長ですが、「米朝会談」を前にいつもの調子で盾突いて、トランプ大統領に「会談中止」のカードをつきつけられて「忘乎所以」に。6月12日シンガポールでの会談本番で「核保有国にあらず」という有無をいわせぬ「非核化」要求に国民を納得させる成果をえられるか。30代の大人物は国際舞台で「忘乎所以」の正念場をむかえています。
 

「安歩当車」(あんぽとうしゃ) 

「安歩」はゆっくりと歩行すること、「当車」は車で行くのに相当するということ。古代の貴族は外出にあたって車を用いましたが、貧賎の者はそれができずに”従容として歩く”ことで負け惜しみとともにその楽しみを享受しました。「安歩当車」(『戦国策「斉策四」』など)は貧富にかかわりなく移動はゆっくり歩くことが最良であることを自得したことばです。「緩歩代車」ともいいます。車が変わっても「安歩当車」に変わりがありません。
 マイカーを自粛して公共交通機関を利用しようというのが日本の「ノーカーデー」です。フランスで始まって、いまやEUの支援プロジェクトとしてヨーロッパ各都市が参加するのが、9月22日の「カーフリーデー」(世界無車日)。大気汚染や交通渋滞でガソリン車への批判が高まるなかで、その日一日の移動を歩行・自転車・公共交通機関に限ってクルマ社会を見直そうというもの。EV(電気自動車)化対策も急ですが、部品3万個といわれる自動車産業への影響を考えると日本経済への影響は測り知れません。
 

柔之勝剛(じゅうししょうごう) 

柔よく剛を制す」は日本の国技柔道の説明によく用いられます。この「柔能制剛」は兵法書『三略「上略」』からで、その基になっているのが「柔之勝剛」(『老子「七八章」』から)です。「天下に水より柔弱なるはなし」と、水のありようにその実質をみています。
 柔道創始者の嘉納治五郎は、大きく強い者に勝つため柔術をはじめたということで、老子とのつながりを言いません。門弟でのち『大漢和辞典』(大修館書店)の編者になる諸橋轍次(号止軒は『荘子「徳充符篇」』の「鑑於止水」から)が直接に「柔は剛に勝つという老子のことばがあり、後漢書に光武帝は柔道をもって之を行わんと欲すといっていますが」と聞いています。これに対して嘉納は「むかし柔(やわら)という術があり柔術ということばがあった。その柔術をもとにしたもので、術だけではない道だから柔道と名づけた」と答えています。古流柔術の伝書に老子の「柔」が散見されますが、嘉納師範の四字熟語はむしろ儒学的な「精力善用」「自他共栄」(灘高校校是にも)でした。
 

「大巧若拙」(たいこうじゃくせつ)

『老子「四五章」』には、大(ほんものの)がつく四字熟語が列ねてあり、そのひとつがこの「大巧若拙」(大巧は拙なるがごとし)です。ほんものの「巧」というものは、自然に因って造らないために一見「拙」に見える。造れば目立つけれども、いずれは剥げ落ちてしまうもの。これも人為の実質を見透かした人の信言です。
 美術の秋。画でも書でも美が極まって完璧にすぎものは、どことなく窮屈です。形が整った完成品をめざしながら少しずらしたりする。「大巧若拙」という老子のことばを支えとして、「に寄ることで「大巧」作品を得る。茶器には「沓茶碗」として「大巧」の実物を見ることができます。といって初めから「拙」によって「大巧」を求めても拙は拙
「大巧若拙」とともに老子は「大弁若訥」(四五章、2013・7)をいいます。流暢な語りではなく、訥々とした語りのなかにほんものの弁舌を聞く。選挙戦に勝って万歳の合間に、地元民の声を訥々と紹介する議員の声を伝えた放送があったでしょうか。

 

「無為自化」(むいじか)

「無為」というのは、ふつうには「無為にすごす」など何も為さないことをいいますが、老子の「無為」はそうではなく「為すことによって為さない」のです。作為的にならないようごく自然におさまるようおこなうこと。司馬遷は『史記「老子韓非列伝」』で「清静にして自ずから正」というのが老子の「無為自化」(『老子「五七章」』から)であるといいます。
『老子』前篇の「道経」最後の三七章に「道の常は無為にして為さざるはなし」といい、後篇「徳経」最後の八一章に「聖人の道は為して争わず」とあります。為さないのではなく「為して争わず」なのです。これが関外へと去りゆく先哲の残した永別のことばです。この「無為」が納得できないと「衆妙の門」が何であるかの理解がいかないでしょう。
 本年の夏『荘子』につづいて、この秋・冬は『老子』にちなむ成語を整理しておきましょう。本稿ですでに「不争之徳」(20135「大弁若訥」(20137「信言不美」(20142「目迷五色」(20148「小国寡民」(201510などを掲載しています。

 
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堀内正範氏

日本丈風の会 代表
Web月刊「丈風」編集人

当社が永く校正で携わった、『知恵蔵』(朝日新聞社)の元編集長、朝日新聞社社友。
現在は「日本長寿社会」を推進する「日本丈風の会」を主宰し、アクティブ・シニアを応援している。 中国研究を基にした四字熟語への造詣も深く、時事を切り口に、新聞や書籍において解説を行なっている。
日本丈風の会ホームページにて、「現代シニア用語事典」も掲載。

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