東京都新宿区の校正・校閲会社、円水社(えんすいしゃ)のブログ

「一衣帯水」 (いちいたいすい) 

「日中平和友好条約締結40周年」のささやかな記念として『日中友好文温の絆 四字熟語』を本稿をもとにしてまとめたい。そこになくてはならない一語がこの「一衣帯水」(『南史「陳後主紀」』から)です。一条の帯ほどの水流というので京都の鴨川ほどの帯を思い浮かべる人も多いのですが、実はこの川は対岸が霞んで見えない「長江」なのです。かつて隋の文帝楊堅が、全土統一の兵を率いて長江北岸に達したとき、「あに一衣帯水を限りて之(陳の民)を拯(すく)わざるべけんや」と臣下にいい渡河します。
 海を隔てた日本と中国との交流の場で双方でよく使われます行き来に困難は想定されるけれども展望をもって対処しようという覚悟の表現なのです。「日中両国は、一衣帯水の間にある隣国であり、長い伝統的友好の歴史を有する」(日中共同声明)のです。「いちい・たいすい」と切ると雨にでも濡れて水気を帯びた衣装を着ていることになってしまいますから、「いち・いたいすい」あるいは「いちいたい・すい」と読むこと

 

「東山再起」(とうざんさいき)

 一度引退した人が再び元の地位に戻って活躍することを「東山再起」(『晋書「謝安伝」』から)といいます。東晋時代の著名文人で名族陽夏謝氏の出であった謝安は、若い頃は著作郎として国史の編纂に従った程度で束縛されるのを嫌い、職を辞して浙江省会稽の東山に隠居して琅邪王氏の王羲之らと清談にすごしました。40歳になって仕官して以後、淝水の戦いに成功するなど東晋の安定に寄与しました。そのことから「東山再起」は再起する、巻き返すといった意味で広く用いられています。
 政治的に知られるのは小平の「東山再起」で、文革で3度も失脚しましたが、改革開放に成功しました。いま企業の「東山再起」といえば韓国楽天(ロッテ)それに索尼(ソニー)でしょうか。スポーツならアメリカのメジャーリーグで故障やスランプから復活した選手に「東山再起球員奨」(カムバック賞)が与えられています。そして文化なら宮崎駿監督が引退声明以来になる『毛虫のボロ』を3月公開、「東山再起」がいわれます。
 

「元宵灯謎」(げんしょうとうめい)

 満月に灯を点して豊作を祈り、満月に灯をささげて豊作を感謝する夜の灯の節日といえば「元宵節」(農暦1月15日。ことしは3月2日)と「中秋節」(農暦8月15日。ことしは9月22日)です。月のない「春節」(2月16日)を迎えたあと、夜空に三日月がのこり、半月になり、凸月になり、そして最初の満月が星空に昇ってきます。
 元宵節には台湾では「平溪天燈祭」の何万というランタン飛ばしが幻想的な夜を演出して人気に、日本では「長崎ランタンフェスティバル」が開かれています。唐代の「観灯」では玄宗の父叡宗のときの「元宵灯節」が豪華で、灯輪を建て燃灯五万盞を掛けたといいます。玄宗も上陽宮中に灯楼をつくらせて貴妃や百姓(当日は開門)とともに鑑賞しています。灯に謎を書いて当てっこをする「元宵灯謎」(『武林旧事灯品』など)は故事成語とちがって農民の節日習俗から生まれた四字熟語です。夜市で賑わう宋都では詩詞や謎のほか抗議や戒律やコミカルな文も掲げられて道ゆく人を楽しませました。
 

「荘周夢蝶」(そうしゅうむちょう)

 
「むかし荘周は夢の中で胡蝶になった。栩栩然(くくぜん、のびのび)として舞う胡蝶である。心から愉しんで舞っていて周であることを忘れていた」。自由に飛翔し、高くホバリングする姿は自由そのものです。「周の夢に胡蝶たるか、胡蝶の夢に周たるかを知らず」。これが「荘周夢蝶」(「斉物論篇」)です。荘子はこれを物化といっています。
 みなさんは夢で空を飛んでもせいぜい木々の梢の上くらいまでで、身は軽くなく、落ちないように必死で羽を動かしているでしょう。蝶は自由のシンボルなのです。
 これまでみてきた荘子にちなむ「四字熟語」に生きものが多く扱われていたことにお気づきでしょう。「濠梁観魚」「螳臂当車」「白駒過隙」「朝三暮四」(サル)、「曳尾塗中」(カメ)、「木雁之間」「鵬程万里」「害群之馬」それに「白馬非馬」「庖丁解牛」「熊経鳥申」「蝸牛之争」「井底之蛙」「虚与委蛇」「涸轍之鮒」「沈魚落雁」「呑舟之魚」そして「荘周夢蝶」。生命の斉同は地上が人間だけの営みの場でないことをいっているのです。
 

「尾生之信」(びせいししん)

「聖人生じて大盗起こる」ということで、『荘子「盗跖篇」』には、聖人孔子がでた魯の国の大盗として盗跖を登場させています。盗跖は配下九〇〇〇人がいたという大盗賊団の首領で、『荘子』ではこの盗賊の跖が孔子に説教を垂れたりしています。

 盗跖はまた賢人で餓死した伯夷叔斉などとともに尾生という人物を生命を軽んずる愚か者の一人として取り上げています。尾生は頑固に約束を守る人物で、女性と橋の下で逢う約束をしたところが、女性が来ないで水がやってきて去らず、ついに梁柱を抱いたまま死んだということから人間本然の生を忘れた例として扱われています。しかし「尾生抱柱、至死方休」は、男性が女性を愛する堅さの意味で用いられています。

『荘子』のこの情景から芥川龍之介は「尾生の信」という小編を書いています。「女は未だに来ない」と尾生が橋の下で、恋人を待ち暮らしたように、自分もただ何か来るべき不可思議なものばかりを待っている。尾生の魂が「私に宿った」と書いています。

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堀内正範氏

日本丈風の会 代表
Web月刊「丈風」編集人

当社が永く校正で携わった、『知恵蔵』(朝日新聞社)の元編集長、朝日新聞社社友。
現在は「日本長寿社会」を推進する「日本丈風の会」を主宰し、アクティブ・シニアを応援している。 中国研究を基にした四字熟語への造詣も深く、時事を切り口に、新聞や書籍において解説を行なっている。
日本丈風の会ホームページにて、「現代シニア用語事典」も掲載。

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