東京都新宿区の校正・校閲会社、円水社(えんすいしゃ)のブログ

「入郷随俗」 にゅうごうずいぞく

 T・S エリオットの詩集をミュージカルにした「キャッツ」(音楽劇「猫」)といえば、日本でも「劇団四季」が演じて親しい。一九八一年のロンドン初演以来三〇〇余都市を巡回しており、中国でも人気。昨年暮れの北京公演では、貴族猫の食譜に烤鴨(カオヤー)や茅台(マオタイ)酒が出たり、開幕の歌「ジェリクルソング」(傑里科之歌)にいくつもの四字熟語を織り込んだ演出が評判になっています。 

エリオットの英詩の押韻による語感も詩意も、直訳の歌詞で伝えるのはむずかしい。そこで中国では伝来の四字熟語を重ねることでリズム感と意味合いと韻を活かした「入郷随俗」(郷=ごうに入って俗に随う。その地の風俗習慣に随う。『続伝灯録・七』など)に成功したといいます。歌詞には、語尾がnの四字熟語「威風八面」(威風堂々として)「智勇双全」(智勇そろって)詭計多端」(だましあって)「風雲幻」(何が起きても)「左右逢源」(どっちみち同じ)ほかが散りばめられています。

  • 2013年05月22日(水)
  • 動物

「千里鵝毛」 せんりがもう

 スイスの旅先から友人の手書きのあいさつが添えられた絵葉書が届きました。「千里迢迢」(遥かなこと)の思いを伝えて。近ごろは珍しいことです。一千里のはるかかなたにいる友人へ鵝毛(軽くささやかなもの)を送る。それでも友誼の心は伝えられるというのが「千里鵝毛」(欧陽修「梅聖兪寄銀杏」など)で、絵葉書は鵝毛であることのいわれとともに、この四字熟語を思い出させてくれました。

こんないわれがあります。唐の長安へ向かうチベットからの遣使が、旅の途中で貢献のためにつれてきた珍禽の白天鵝に水を飲ませ羽毛を洗おうとした際に逃がしてしまいました。残されたのは鵝毛のみ。遣使は太宗との接見の際にこれを献じ、詩を添えて事情を訴えました。太宗は罪とせず忠誠心をたたえてねぎらったといいます。

いまや鵝毛ならぬ電子メール(電子郵件)の時代。送ったらすぐに返事がもどってきます。「千里迢迢」であることを忘れてしまっているのです。 

「不争之徳」 ふそうのとく

「不争」(争わず)でおわる書物をご存じですか。『老子』です。何もしないで「不争」(争わず)ではなく、「為而不争」(なして争わず)です。争いが常態だった不幸な時代(周朝末期)に生きた老子は、「不争之徳」(六八章)をこう記しています。

まず「善く士たる者は武ならず」(ほんとうの武人は武力をかざしたりしない)、「善く戦う者は怒らず」(ほんとうに戦う者は怒りによってはしない)、怒りは怨みを残すからです。さらに「善く敵に勝つ者は与(くみ)せず」(ほんとうに敵に勝つ者は四つに組んで完敗させたりしない)、そして「善く人を用いる者は之がために下となる」(ほんとうに人を納得させる者は相手の言い分をよく聞く)といいます。「不争(平和)」の側から掲げた「日本国憲法」は、世紀を越え世代を重ねて守るべきものであり、「武ばらず、怒らず、完膚なきまでにせず、上手に出ず」という「不争之徳」をもって「争(戦争)」の側から崩す営為を論駁せねばならないでしょう。

「聞一知二」 ぶんいちちに 

 「一目十行」に対して「聞一知十」がありますが、「一を聞いて十を知る」より「二を知る」ほうに味わいがあります。あるとき孔子が弟子の子貢(端木賜)に「おまえと顔回とどちらが優れているかね」と問うたことがあります。本人には答えづらい問いかけです。そこで子貢は「回(顔回)や一を聞いて以って十を知る、賜(端木賜)や一を聞いて以って二を知る」と答えました。(『論語「公冶長」』から)

自分をおとしめずに他をほめるこの答えは巧みです。聞いた孔子は、「そうだね、わたしもおまえも回にはかなわない」といって喜びました。「一を聞いて十を知る」顔回は学才に優れ、「二を知る」子貢は商才に長けていたといいますから、「一を聞いて二を知る」ほどのほうに生活力があるといえそうです。孔子晩年の講学と著作を助けた顔回は師より先に死んで師を嘆かせましたが、子貢は師の死後六年の喪に服し、のちの孔里「曲阜」の成立に寄与しました。

  • 2013年05月01日(水)
  • -

「春山如笑」 しゅんざんじょしょう

  春の季語に「山笑う」があって、子規にも「故郷やどちらを見ても山笑う」の句があります。冬のあいだ睡っていた山が春の訪れを察知して動き出す。木々の芽がそれぞれにいっせいに際立ってくると、山全体が日また一日とはなやいで「春山如笑」といった姿になり、山がひとまわり大きく見える。人の心もおおらかになります。

この国の先人は俳句の季語という形で、この国に特有の四季の変化の先端や特徴を鋭く巧みに捉えて、折々に繰り返す風物を詠じて愉しんできました。

北宋の画家郭煕の「山水訓」を典故として、春の山容の変化を巧みに表現するこの「山笑う」(春山如笑)のほかに、「山滴る」(夏山如滴)、「山妝う」(秋山如妝)、「山睡る」(冬山如睡)と、四季の山の変化をひとまわり表現した季語を得ています。みなそれぞれに味わいがありますが、ひとつとなると、やはり「春山澹冶にして笑うが如く」の「山笑う」(春山如笑)でしょう。

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堀内正範氏

日本丈風の会 代表
Web月刊「丈風」編集人

当社が永く校正で携わった、『知恵蔵』(朝日新聞社)の元編集長、朝日新聞社社友。
現在は「日本長寿社会」を推進する「日本丈風の会」を主宰し、アクティブ・シニアを応援している。 中国研究を基にした四字熟語への造詣も深く、時事を切り口に、新聞や書籍において解説を行なっている。
日本丈風の会ホームページにて、「現代シニア用語事典」も掲載。

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