東京都新宿区の校正・校閲会社、円水社(えんすいしゃ)のブログ

「信言不美」 (しんげんふび)

 老子は「信言不美」(信言は美ならず)といいます。対句として「美言不信」(美言は信ならず)とつづきます。李耳(老子。生没年とも不詳)は、人生の終わりに近く、衰亡の淵にあった都の洛陽を離れて西方へと隠遁の旅に発ちます。周室の蔵書の官として冊簡(文献)を読み解き、王都にいて現下の世情をつぶさに見て、人為を知り尽くした末の行動でした。

中原と西方の山地とを分けるのが函谷関。関を出てしまえば蓄積してきた知識ももはや何の意味もありません。老子の胸の奥にうごいた感慨を察して、関令の尹喜は熱く懇願します。李耳は関にとどまり五千余語の『道と徳の経』を残しました。そして最後の章に「信言は美ならず、美言は信ならず」(『老子「八一章」』から)と謙遜のことばを記して山中へと消えていきました。対比される孔子は弟子たちに囲まれて死にましたが、老子の最後は「終わるところを知るなし」なのです。

「抜苗助長」(ばつびょうじょちょう)

  種から芽が出たものの苗の育ちが遅い。そこで早く育てようとひっぱって伸ばして枯らしてしまった農民の話が『孟子「公孫丑章句」』に記されています。いくら周辺から蔑視されていた宋国でも、農民がそんな愚かなはずはないのですが、孟先生は「助けて長ぜしむることなかれ」としてこの宋国の農民の失敗例を引いています。「抜苗助長」または「揠(あつ)苗助長」としてよく知られている故事成語です。ですから本来、「助長」には良い成果を求めて能力を伸ばす意味合いはないようです。

次世代の優れた才能を育てようと「助長」して枯らしてしまうことは、ひとつの金メダルの陰の“英才教育”として知られるところ。いま中国でも庶民の間で就学前3年の幼児園教育が問題になっています。社会常識や活動能力や情操教育をおろそかにして、文字を書かせたり算数の力をつけさせたりする就学前教育が両親の希望で優先される傾向があるからです。そこで「抜苗助長」がよく用いられます。

  • 2014年02月12日(水)
  • 自然

「三春之暉」 (さんしゅんのき)

「三春」は、孟春、仲春、季春。「三春の暉」は春三カ月の暖かい陽光のこと。長い旅に出る子どもが着る衣服(游子身上の衣)を、「立派になって帰っておくれ」という思いを込めてひと針ひと針と縫う母の愛を「三春の暉」にたとえていいます。暖かさではこれに過ぎる衣はないでしょう。手中に糸を操っている母の恩にどうやって報いればいいのだろう。この孟郊の詩「游子吟」を口ずさみながら、中国の子どもたちは自らの出立のことを思うのです。

父の恩については、李紳の詩「憫農」にきわまります。こちらは日中の強い陽光をあびながら、穀物をつくる畑の土に汗を滴らせて鋤をあつかう父。ひと粒ひと粒はみなその辛苦の成果「粒粒辛苦」であることを思うのです。

「游子吟」も「憫農」も、ともに中国の子どもたちがそらんじている唐詩であり、「三春の暉」も「粒粒辛苦」もともに親しい四字熟語です。

  • 2014年02月05日(水)
  • 動物

「牛角掛書」(ぎゅうかくかいしょ)

「牛角に書を掛く」というのは、ゆったりと歩を運ぶ牛にまたがって、その角に書を掛けて道すがら読んだという隋代の李密の故事からいわれます。李密は煬帝に警戒されて遠ざけられ、後に唐を建てる李淵の下に居ることに甘んじず、「中原逐鹿」(天下争覇のこと)に敗れますが、道を行きながら牛角に掛けた『漢書』を読んだ姿は、瞬時を惜しんで学問に励む例とされています。角を使われ、耳元で「項羽伝」を読み聞かされた牛のほうは迷惑だったことでしょう。(『新唐書「李密伝」』より)

この成語をとりあげたのは、移動途中の電車のなかで瞬時を惜しんで電子機器をあやつる若者たちの姿と重なるからで、学校で得た知識ではなく、移動中に得た計り知れない質と量の知識によって、国境をこえた電子世界の知識人が時代を動かすことになるのだろうと推察されるからです。想像を絶する未来の姿に、牛のように喘ぐばかり。さりとて「牛角掛書」の意味合いが解らなくなることもないでしょう

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堀内正範氏

日本丈風の会 代表
Web月刊「丈風」編集人

当社が永く校正で携わった、『知恵蔵』(朝日新聞社)の元編集長、朝日新聞社社友。
現在は「日本長寿社会」を推進する「日本丈風の会」を主宰し、アクティブ・シニアを応援している。 中国研究を基にした四字熟語への造詣も深く、時事を切り口に、新聞や書籍において解説を行なっている。
日本丈風の会ホームページにて、「現代シニア用語事典」も掲載。

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