東京都新宿区の校正・校閲会社、円水社(えんすいしゃ)のブログ

  • 2015年06月24日(水)
  • 動物

「亡羊補牢」(ぼうようほろう)

 羊は巧みに閉じ込められている小屋(牢)から逃げ出すようです。管理人は急いで小屋を繕うわけですが、逃げたあとですから落ち度をとがめられます。一方で、事後すみやかに解決の手立てを講ずることによって、以後の損失を免れることができるという意味合いで、「亡羊補牢」(『戦国策「楚策」』から)は「いまだ遅きとなさず」として用いられています。

 こういう例はいろいろあるので、よく使われます。ドイツ航空機事故のあとコックピット内の乗務を「常時二人態勢」にしたこととか、上海・外灘広場での雑踏事故のあと、日本の明石事故後の雑踏警備やカウントダウンでは同じく100万人が集まる米タイムズスクエアの警備などを「他山の石」として活かしているのもその例です。未(ひつじ)年に因んで張謙卑が作詞・作曲した「亡羊補牢」のタイトルを、著作権を盾にして他の歌手に使わせないというのは、いささか囲い込みに問題がありそうです。

  • 2015年06月17日(水)
  • 鉱物

「破鏡重圓」(はきょうじゅうえん)

 仲のよかったご夫妻が故あって離散したり決別したのち、ふたたびまるく納まってめでたしめでたしというのが「破鏡重圓」(棨『本事詩「情感」』から)です。

時折り話題になりますが、典故になっている徐徳言と楽昌公主(南朝陳国皇帝の娘)の場合は故あって離散した例です。隋が遠征して南朝陳を滅ぼした際に、皇帝舎人であった徐徳言は、妻の楽昌公主と離別せざるをえなくなります。そこで銅鏡を割って半分ずつを持つことにします。あなたは才色兼備だから遠征軍の隋の楊家に収まるでしょうから、来年の正月一五日に鏡を街なかで売ってほしい。わたしが生き延びていればその鏡から消息をえてあなたに会う機会ができる。楽昌公主はそうします。

街なかで半分の鏡をえた徐徳言は詩をつくる。「鏡与人倶去 鏡帰人不帰・・」。楊素は情愛の深いふたりに動かされ、故郷の江南の地にかえします。隋の楊素の「成人之美(人の美を成す)」を示す挿話として残された「破鏡重圓」のお話です。

「平易近人」(へいいきんじん)

 民衆とともに「同甘共苦」すること、群衆の中に入って親しくその心の声を聞くことを「平易近人」(巴金『随想録「二九」』など)といいます。もとは孔子も理想の政治家として慕った周公(姫旦)の治世の姿を、『史記「魯周公世家」』では「平易近民」と伝えています。「周公吐哺」というのは、賢人が訪ねてくると口にしていたものを吐いてまで会ったことにいわれます。食事中なのでといって断るようでは、この「平易近民」の意味は理解できないでしょう。

「平易近民」は周恩来総理の風姿を周公旦と重ねて用いられていましたから、以後の政治家には胡・温といった首脳に対しても遠慮して使わないようです。習近平主席の最近の著作も『平易近人 習近平的語言力量』というタイトルになっています。

「中国夢」で知られる女性歌手陳思思(全国政協委員)が、優美に平等と友愛の心を秘めて歌う「平易近人」が各地の大街小巷で歌われているようです。

「泣涕如雨」(きゅうていじょう)

 声にこそ出さないものの、眼から雨のように大粒の涙を落として離別の悲痛に耐えることを「泣涕雨の如し」(『詩経「邶風・燕燕」』など)といいます。『詩経』ではふたたび会えない女性を、野に遠く見えなくなるまで送ったシーンでの涙ですが、幽明境を異にする場面での「泣涕如雨」は、「管鮑之交」で知られる管仲の姿にそのきわみをみます。管仲は自分をよく知り何度となく危機的困難を支えてくれ、みずからは下がって自分を宰相にしてくれた友人の鮑叔芽が死んだ時、低い声で哭き、抑えきれない涙が雨のように下ったといいます。「泣下如雨」ともいいますが、この管仲の姿は、「管鮑之交」ということばに込められたふたりの友誼の深さを伝えています。

柳田国男は、泣くことの少なくなった文明人はことばの力を過信している、「音声や『しぐさ』のどれくらい重要であったか」(泣涕史話、昭和15年)と、講演で言及しています。率直なボディ・ランゲイジ、男泣きの姿を見たいものです。

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堀内正範氏

日本丈風の会 代表
Web月刊「丈風」編集人

当社が永く校正で携わった、『知恵蔵』(朝日新聞社)の元編集長、朝日新聞社社友。
現在は「日本長寿社会」を推進する「日本丈風の会」を主宰し、アクティブ・シニアを応援している。 中国研究を基にした四字熟語への造詣も深く、時事を切り口に、新聞や書籍において解説を行なっている。
日本丈風の会ホームページにて、「現代シニア用語事典」も掲載。

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