東京都新宿区の校正・校閲会社、円水社(えんすいしゃ)のブログ

「命若懸糸」(めいじゃくけんし)

「命」が細い一本の糸に託されているような危うい状態にあることを「命若懸糸」(『敦煌変文集「大目乾連冥間救母変文」』など)といいます。

かつて大正七年に芥川龍之介が『赤い鳥』創刊号に書いた「蜘蛛の糸」の犍陀多(カンダタ)の姿が思い出されます。上記原典では目乾連(モクケンレン)が地獄から母を救い出そうとするのですが、犍陀多は蜘蛛の糸にすがって地獄をのがれて極楽へたどり着こうと喘ぎます。天国と地獄というのは格差が広がってゆく時代の表現だったのでしょう。そこで「自分だけは」と考えた犍陀多は地獄に落ちていきました。後に自死する芥川がその後の生きづらい時代までを予見していたかは不確かですが。

国会前の集会で出会った若い女性たち。将来、産み育てる子どもたちの労苦を予見するがゆえの行動に共感を覚えました。平和について戦いの現場しか語らなかった男たちに対峙する、産む性としての「命」への感性が息づいていました。




「虚位以待」(きょいいたい)

「虚位」は、地位などを空席にすること。賢人を得て充てるために席を空けて待つというのが「虚位以待」(『欧陽文忠公集「奏議集一五」』など)です。これからしごとに関わる新しい任地で、「虚位以待」と紹介されるのは何よりの光栄でしょう。そうして招かれれば、だれでも力を尽くして任に当たるはずです。

企業が人材を求めるために、いまでは「一起工作」(いっしょにしごとを)くらいの軽い呼びかけで求人のキャッチにも使われています。夏場の「虚位以待」といえば、企業が英才を求めて開く高校卒業生への就職説明会もあります。各企業は条件を提示して企業説明を行ないますが、最近は競って高い賃金をアピールしています。

また「虚左以待」(張籍「贈殷山人」など)というのは、左右どちらが上座かは時代によって異なるようですが、車騎の場合に左側を上坐としたことから高位の席を空けて待つことになります。傍らにどうぞという親しさを伝えて。

  • 2015年09月16日(水)
  • 植物

「十歩芳草」(じゅっぽほうそう)

「十歩のうちに芳草(賢才)が見出せる」ということ。十歩のうちですから身の周り、見渡すほどの範囲の処々に賢才がいるということ。賢才は日月を継いで決して絶えることがないという意識もあるようです。その比喩として芳草、香草、茂草などの違いはあっても、後代の典故には『論語』にみえる孔子のことば「十室之邑、必有忠信」(「公冶長」から)が同時に意識されているようです。

漢の劉向『説苑「談叢」』には「十歩之澤、必有香草、十室之邑、必有忠士」とあり、『隋書「煬帝紀三」』には「十歩之内、必有芳草」と出てきます。

「芳草」については、「桃源郷」(陶淵明『桃花源記』)の桃花林に「芳草鮮美」とあって、まさに才媛を待つ風情です。いまやダイバーシティ(多様性)で、才女・才媛が求められる時代、「芳草」を才媛と読めば、「十歩芳草」はその登場を呼かけるにほどよい「四字熟語」といえそうです。

「急中生智」(きゅうちゅうせいち)

 平常時には思いつかなかったのに、緊急時にそれを乗り切る方策や名案が思い浮かぶことを「急中生智」(『三侠五義「二三回」』など)といいます。この典故の「急中生智」は、きこりが木にのぼって仕事をしていたところ、子どもをくわえたトラが木の下を通りかかります。そこできこりは手にしていた斧を、トラの頭をねらって投げます。斧はトラの背にうまく刺さって子どもを助けるシーンで使われています。トラとの遭遇は現代の吉林省でも「急中生智」の例を残しています。牛を探して山に入った老人が寝ていたトラに遭遇します。老人はとっさにこん棒で樹を叩きながら咆哮したところ、トラは林に逃げ込んでしまったというのです。
 
中国市場に参入した日本企業のなかには、経済の下降状況を迎えて苦闘しているところもあります。が、日本でライバル社との競合で鍛えた「急中生智」の経験をいかして、実情に見合った製品やサービスを案出して乗り切るだろうと推測されています。




  • 2015年09月02日(水)
  • 自然

「逆水行舟」(ぎゃくすいこうしゅう)

 水流の方向に逆らって舟が行くこと。したがって努力しつづけなければ流れに従って後退してしまうことになります。「逆水行舟、不進則退」(梁啓超『飲冰室文集「二九」』など)として事業でも学問でも活動でもよく用いられます。

中国経済の下降状況を迎えて、李克強首相も国務院の重要会議などで、下行圧力のなかでの改革と発展は「逆水行舟、不進則退」にあると繰り返し訴えて、各界の奮起を促しています。

学問も日ごろ努めないと止まってしまうどころか後退してしまうことでは同じです。宋の欧陽修は、「学書は急流を遡るようなもので、気力を尽くしたところでもとのところ(故処)から離れない」(『欧陽文忠公集「試筆」』から)といって嘆いています。大学者ともなれば努めても先に進んだ実感がなかったのでしょう。学問の場合は強いて勉める(勉強)ことで後退しないですむことになります。

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堀内正範氏

日本丈風の会 代表
Web月刊「丈風」編集人

当社が永く校正で携わった、『知恵蔵』(朝日新聞社)の元編集長、朝日新聞社社友。
現在は「日本長寿社会」を推進する「日本丈風の会」を主宰し、アクティブ・シニアを応援している。 中国研究を基にした四字熟語への造詣も深く、時事を切り口に、新聞や書籍において解説を行なっている。
日本丈風の会ホームページにて、「現代シニア用語事典」も掲載。

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