東京都新宿区の校正・校閲会社、円水社(えんすいしゃ)のブログ

「能者多労」(のうしゃたろう)

 今年もご多用に過ぎたみなさま、お疲れさまでした。才能や技能に優れた人びとつまり能ある者ほど労苦が多いということを「能者多労」(『紅楼夢「一五回」』など)といいます。荘子も「巧者は労にして知者は憂、無能者は求める所なく飽食して敖遊」(『荘子「列禦寇篇」』から)と述べており、巧者や知者であることは多労を覚悟せねばならないようですが、実のところは本当に能ある人は「多労」とは感じていないから労多いことを悩みとはしていないのでしょう。中国の指導層にこのことばを多用してしごとを避ける風潮があることが指摘されています。

磨きあげられた鏡はいつ映しても何度映しても“疲れ”を見せることはないというのが「明鏡不疲」(劉義慶『世説新語「言語」』など)です。磨かれた叡知・技術というものは使っても損なわれることはないのだから、優れた師や先輩はどしどし使おうではないかというのが後人の立場からの理解です。

「花花公子」(かかこうし)

 正業に就かず、着飾って外へ出て酒を飲み遊びほうける富家・成金の子弟、いわゆるプレイボーイのことを「花花公子」(張南荘『何典「第六回」』など)といいます。爛熟した繁華な都市空間(花花世界)を好み、そこで水を得た魚のように暮らす若者たち。こつこつと自らを鍛える「白面書生」とは裏表のなか。

かつて「花花世界」といえば、都を追われて南遷(東晋)した人びとが奪回しようとした東京(開封)や西京(洛陽)のことで、「中原花花世界」と呼んで慕いました。近くは香港がひとしきりそうでしたし、すでに北京や上海で同名の服飾店が賑わっているようですが、本物の花花公子の登場はまだ遠い先のこと。

アメリカでは、月刊『花花公子』(プレイボーイ)誌が1953年創刊号のM・モンロー以来ウリにしてきた女性フルヌードを来年3月から掲載しないと決めて「男性エンターテイメント」誌として転回を図る時期を迎えています。

「狭路相逢」(きょうろそうほう)

 狭い路で出くわしてしまい退いたり避けたりできない状態が「狭路相逢」(『古樂府「相逢行」』など)です。親しい人との不意のめぐり逢いならうれしい相逢です。逢いたくない間柄くらいの人なら、急いで心の中の怒や怨を恕(ゆるし)に替えてすますこともできますが、仇敵とする人物との出会いとなったらただではすまないでしょう。テリトリーを守る動物同士が狭路に相逢うときの争いの形相をみれば、この成語の持つ意味合いがよく解ります。

『三国演義「二二回」』には曹操配下の劉岱が残兵をつれて逃げているとき、張飛と「狭路相逢」して回避することができず、馬を交えて戦ってただの一合で生け捕りにされる場面があります。いまでも車が行き交えない路での「狭路相逢」などはよく経験するところです。のっぴきならない出合いをどういう方法で収めたのかは興味のあるところですから、日ごろのニュースでよく出合います。

「満載而帰」(まんさいじき)

 行く先で大きな収穫を得て帰ることを「満載而帰」(巴金『随想録「一八」』など)といいます。作家巴金はフランスへ行ってそういう経験をしたようです。国を代表して行く外交交渉や国際会議なら参加だけして「空手而帰」ではすまないでしょう。「満載而帰」は旅先でのお土産の多いことや留学が実り多いことを祈って使います。

大成を期待されて故郷を出て、中央での栄達を果たして「錦を衣て郷へ還る」(衣錦還郷)はよく知られていますが、志を得ずしてひっそり帰る「白首空帰」の人もまた多くいるのです。ほどほどなのに「空手」や「白首」はいささかきつすぎますが。

 湖北料理に桂魚を使った「満載而帰」という伝統料理があるようです。桂魚の頭と尾を残して背骨を抜いて元宝(馬蹄形の金銀貨幣)に見立てて舟形にし、豚肉や卵やキノコほかの多彩な具を満載して供するもの。宋代の蘇軾は東玻肉で有名ですが、湖北出身の米芾はこの「満載而帰」で張り合ったと伝えられています。

  • 2015年12月02日(水)
  • 自然

「秋収冬蔵」(しゅうしゅうとうぞう)

 秋に豊作だった農産物を収穫して冬に収蔵し、次の一年に備えること。収穫が豊かであれば、飢餓の心配がなく暮らしに憂慮がないことから、筋道どおりに事業が発展して成果を得る姿にいいます。司馬遷は、「春生夏長、秋収冬蔵」(『史記「太史公自序」 』から)は天道の大経であるといいながら、善人の伯夷叔斉が餓死し、悪党の盗跖が長寿を全うしたのはどうしてなのか。歴史を知りつくした司馬遷は、「天道是か非か」という悲痛な疑問を人類史に投げかけています。

保存しておいた穀物を食べ尽くしたのに、次の収穫がまだ得られないことを「青黄不接」といいます。不作の場合もあるし、税の取り立てが厳しい場合もあるし、兵乱によって持ち去られたこともあります。こうなっては赤信号です。

不況の影響でしごとや収入が減り、年々に税が増えて「青黄接せず」という赤字の家計が増えつづけたらたいへんなことになります。

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堀内正範氏

日本丈風の会 代表
Web月刊「丈風」編集人

当社が永く校正で携わった、『知恵蔵』(朝日新聞社)の元編集長、朝日新聞社社友。
現在は「日本長寿社会」を推進する「日本丈風の会」を主宰し、アクティブ・シニアを応援している。 中国研究を基にした四字熟語への造詣も深く、時事を切り口に、新聞や書籍において解説を行なっている。
日本丈風の会ホームページにて、「現代シニア用語事典」も掲載。

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