東京都新宿区の校正・校閲会社、円水社(えんすいしゃ)のブログ

「世外桃源」(せがいとうげん)

 桃花はすでに「桃李不言」や「柳暗花明」で登場しましたが、本命の「桃源郷」に触れないわけにいきません。理想郷としての「桃源」です。東晋の陶淵明の『桃花源記』に描かれた世に隔絶して存在する小村で、「世外桃源」(孔尚任『桃花扇「帰山」』など)と呼ばれています。おだやかな山水に囲まれ、桃の花と果実を楽しみ、農業を生業としていて、秦の騒乱を避けたあと五〇〇年余も知られずにいた。そういう小世界はいまもどこかに存在しつづけているにちがいありません。

仙境「桃源郷」は湖南省常徳市の桃花県がモデルとされ観光地になっています。日本の「桃源郷」といえば山梨県笛吹市でしょう。笛吹川の扇状地に日本一の「桃の里」が広がっていて、春先に桃畑は「ピンクの絨毯」となって季節を謳歌します。ことしの「桃源郷春まつり」は3月21日(祝)から4月24日(日)まで。桃原を訪れて、わが心の桃花源を思うのは命を延べる行楽のひとつでしょう。

「壮心不已」(そうしんふい)

 暮年(高齢)になっても事業へのさかんな志がやまないことを「壮心不已」(曹操「歩出夏門行」から)といいます。乱世の英傑曹操がこの詩をつくったのは54歳で、官渡の戦いで袁紹を破ったころのこと、覇業はこれからというときでした。ですからその胸中に動いたものが「烈士暮年、壮心不已」の句であったとしても、それは実感というより将来への願望だったのでしょう。

暮年というのは、いくつくらいからをいうのでしょうか。時代によって異なるとはいえ、ふつうには仕事から離れる時期。乱世を生き抜いて65歳で怒涛のような生涯を終えた希代の覇者が、「老驥伏櫪、志在千里」というとき、千里を走る驥(駿馬)は老いて櫪(うまや)に伏していても志は千里を走ろうとするのだ、と世の趨勢にたてついてみせたとき、このフレーズは時代を越えて、「朝露の如き人生」を謳歌する名句になったのでした。「老驥(き)伏櫪(れき)」ともいいます。

  • 2016年03月16日(水)
  • 植物

「柳暗花明」(りゅうあんかめい)

 日本の春の花は淡いですが中国の春の花はどれも色濃くあざやかです。その中でもとくに桃は明るい。春の光をあびて柳の緑が陰をつくり、桃をはじめ百花がいっせいに開いて明るく輝いているようすが「柳暗花明」(王維「早朝」など)です。

唐の詩人王維は春の盛りを率直に詠じていますし、宋の陸游の「柳暗花明又一村」(陸游「游山西村」から)では桃の紅、柳の緑のあいだを詩人がゆったりと動くようすを伝えています。洛陽東郊の桃李(「年年歳歳」の花)もいいですが、南京の街なかの真っ赤な花桃並木も目を奪う風景です。ですから「柳暗花明春又来」は明るい展望を意味します。

また「柳暗花明」は、比喩的には逆境の中で急に転機がおとずれて希望が持てる状況になることにいいます。いい結果をさがしている原油価格、株式市場、ワイン輸入、シャープ(夏普)、二児対策などさまざまあってよく用いられます。

「温文爾雅」(おんぶんじが)

 闘争性には欠けますが、態度が穏和で端正な生き方について「温文爾雅」(蒲松齢『聊齋志異「陳錫九」』など)がいわれます。政治や経済が優先してきた世相にあらたな文雅な価値観が広がる時期にあるようです。古淡な情感をたたえた紳士、爽涼で性を露出させない女性が静かな関心を呼び起こしています。

温家宝前総理の著作名が「温文爾雅」(2010年刊)です。「三丁目の夕日」(「永遠的三丁目的夕陽」)や「おくりびと」(「入殮師」)をみて、日本の大衆の暮らしや死生観を理解していた前総理は、演説や記者会見で古典を引いて中国文化の奥行きを伝えてきました。その百編余をまとめた著作が「温文爾雅」です。

2006年10月に安倍総理を迎えたときは、「青き山遮って住(つ)きず、畢竟東に流れ去く」(北宋の辛棄疾の詩)を、日本訪問をした2007年4月の国会演説では、「朋友と交わるに言いて信有り」(『論語・学而』)を引用していました。

  • 2016年03月02日(水)
  • 動物

「精衞填海」(せいえいてんかい)

 ジョア(女娃)は東海で遊んでいて溺死したあと鳥に化身して、ひたすら西山から小石や小枝をくわえてきては海を埋めようとしたといいます。その鳴き声から「精衞」と呼ばれて、「精衞填海」(『山海経「北山経」』から)は堅固な意志の証とされましたが、後になると徒労になるムダな作業をつづけることにいわれるようになりました。伝説時代の炎帝の末娘として、古代の人はどうしてこんな作業を永遠につづける哀切な女性を生み出したのでしょう。

 2007年7月に、温家宝総理は香港の学生に、「杜鵑(ホトトギス)再拝憂天泪、精衞(セイエイ)無窮填海心」の二句をしたためて、啼血の情熱と填海の心とで香港と祖国の建設に当たるよう呼びかけています。しかし香港を「本土」と叫ぶ若者までは予想も期待もしなかったことでしょう。一方で、永遠に岩を押しあげつづけているギリシャ神話のシジフォス(シーシュポス)が思われます。




| 1/1PAGES |
webサイトはこちら

堀内正範氏

日本丈風の会 代表
Web月刊「丈風」編集人

当社が永く校正で携わった、『知恵蔵』(朝日新聞社)の元編集長、朝日新聞社社友。
現在は「日本長寿社会」を推進する「日本丈風の会」を主宰し、アクティブ・シニアを応援している。 中国研究を基にした四字熟語への造詣も深く、時事を切り口に、新聞や書籍において解説を行なっている。
日本丈風の会ホームページにて、「現代シニア用語事典」も掲載。

S M T W T F S
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< March 2016 >>

月別アーカイブ