東京都新宿区の校正・校閲会社、円水社(えんすいしゃ)のブログ

「貪生怕死」(どんせいはし)

 トランプ大統領との電話会談でにわかに存在がきわだった台湾初の女性総統・蔡英文総統は、高雄の黄埔軍官学校の閲兵後の訓示で、「貪生怕死莫入此門(この門を入るなかれ)」と述べていました。生きることに執着し死ぬことを恐れるような軍人であってはならない。ご存じのように「三民主義、吾党所宗 以建民国、以進大同」ではじまる「中華民国国歌」は、1924年の学校創設時の孫文の訓詞の一節です。曲折あって学校は1950年に高雄に再建されました(広州の跡地は全国文物重点保護単位に)。
 敵前で「貪生怕死」(『三国演義』など)である軍隊では闘えない。「出生入死」(『韓非子』)など)が反義語で、命をかけた行為にいいます。こちらをいわないのは闘争を好まない国民性があるからで、かつて台湾総督だった後藤新平も台湾人の性格に「貪生怕死」を指摘しています。国歌の「吾党」が「国民党」を指すことから、民進党の蔡英文総統が歌うかどうかが話題となりましたが、就任後は斉唱に加わっているようです。

 

  • 2017年02月15日(水)
  • 鉱物

「石破天驚」(せきはてんきょう)

 唐代の鬼才李賀が詩的感性の冴えを示して、石を破って天を驚かせるという「石破天驚」(李賀「李慿箜篌引」から)という表現を用いたのは、李慿が奏する外来の弦楽器箜篌(くご)から撥き出された音色が、かつてだれによっても表出されなかった新奇で意想外な情域に達していたからでしょう。伝説の女媧が五色の石を練って天を補修した、その補石を破って溢れ出して天を驚かせたというこの四字成語は、詩文や演奏ばかりでなく、世の中を震撼させるほどの内容をもつさまざまな事象で用いられています。
 たとえば、岩を掘削して彫り出した雲崗や龍門石窟の仏像群は「石破天驚」の文化遺産ですし、逆に石づくりの摩天楼もそうでしょうし、一転してスイス製の時計や日本製のカメラ・レンズといった精密機械にもいわれますし、サッカーで敵の固いディフェンスの壁を破って矢のようにゴールに飛び込んだキックなどにもいわれます。女媧の補天にちなんで客家の人びとは農暦1月20日を「天穿日」として祝っています。 
 

「満腹経綸」(まんぷくけいりん)

「経綸」はすでに『周易「屯」』に「君子は経綸を以ってす」とありますから経歴の長さが知られることばですが、「経」は絹糸を並べて織機の台に据え付けたタテ糸で、「綸」は糸をよりあわせること。二文字を合わせて国家を治め整えるという意味を表します。それが「満腹」をつけて「満腹経綸」(洪炎『西渡詩集』など)となったのは、経綸だけでは経綸にならなくなった事情があったのでしょう。

「満腹」には疑惑にみたされている「満腹狐疑」や不平で心中おだやかでない「満腹牢騒」などもあります。どれが先かはわかりませんが、「狐疑」は屈原の「離騒」にありますし「牢騒」となると表裏の気配すらあります。宋代に用例が多いようです。

 ここでは「満腹中枢」のおかしな政治リーダーの命令の経綸のなさをいいたかったまでのこと。わが近代国家の秩序を整える方策を紳士君、豪傑君、南海先生が酒席で論じた『三酔人経綸問答』(中江兆民・1887年)の筋のよさが知られます。

「左道傍門」(さどうぼうもん)

 左は邪で正統でない流派が左道、傍は不正で正当でない体系が傍門、そこで「左道傍門」(『封神演義「七二回」』など)は、正統派でない宗派や学術の流派、正常でないものごとについていいます。古くから「左道をとれば政を乱す」(『礼記「王制」』)といわれ、傍門八十、左道三千といいますから、本家本元でないもの(太極拳では本系本元)がいかに多いかが分かります。
 おもしろいのは左道や傍門のほうなのでドラマや小説になっていますし、「左道書法」や「左道茶具」などには独特の味わいを感じます。「左道財神」なら蓄財の奥義を教えてくれそうです。中道正統派からは、非主流の左派は「左道傍門」で右派は「邪道歪門」という評も現われます。「左道傍門」については、リオ・オリンピックで示されたブラジル人の陽気な「いい加減さ文化」を思いあわせていただくと分かりやすいでしょう。
 アメリカの対中戦略の「左道傍門」となるといい加減とはいえませんが。
 
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堀内正範氏

日本丈風の会 代表
Web月刊「丈風」編集人

当社が永く校正で携わった、『知恵蔵』(朝日新聞社)の元編集長、朝日新聞社社友。
現在は「日本長寿社会」を推進する「日本丈風の会」を主宰し、アクティブ・シニアを応援している。 中国研究を基にした四字熟語への造詣も深く、時事を切り口に、新聞や書籍において解説を行なっている。
日本丈風の会ホームページにて、「現代シニア用語事典」も掲載。

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