東京都新宿区の校正・校閲会社、円水社(えんすいしゃ)のブログ

「紙酔金迷」(しすいきんめい)

 晩唐の昭宗時代の孟斧というご典医は、毒瘡の治療では百分の百という治療率で知られ、宮中でも頼りにされましたが、居宅の一室を金張りにし家具にはすべて金箔を貼りました。差し込む陽光に照らされた室内は絢爛豪華で、金彩は目を奪わんばかり、部屋を訪れた人は「金迷紙酔」(陶觳『清異録「居室」』から)といって話題にしました。贅を尽くすとともに医療での実益もあったのでしょう。そこで思い浮かぶのが太閤秀吉の「金の茶室」。利休の「侘びの茶」とは次元を異にする「迷酔の茶」でした。
 のち「金迷紙酔」は、奢侈豪華な生活環境にいわれて、現代の俗人は、もっと卑近に紙幣と金に迷い酔う姿を「紙酔金迷」といってこのことばに託しています。太平歌舞の時代、「紙酔金迷」の現場は金市場でしょうか、カジノでしょうか。ハズレ馬券の舞う競馬場でしょうか。「灯紅酒緑、紙酔金迷」となると上海の夜の繁華街でしょうか。幸田露伴も愛読した『清異録には男に整鬢を女性に作眉をする「鬢師眉匠」が出てきます。

 

「棋逢対手」(きほうたいしゅ)

 初の中学生棋士として登場し、63年のプロ棋士をつとめた愛称「ひふみん」加藤一二三九段は6月20日、最年長記録(77歳5カ月)と引退をかけて竜王戦昇級者決定戦で高野智史四段(23)と対局して破れました。一方で中学生プロ棋士藤井聡太四段(14)は昨年12月のデビュー戦で加藤九段に勝ち、最年少記録を更新して以後連勝中。
 棋は囲碁、将棋、象棋、チェス(国際象棋)などの盤上遊戯で、両者の実力に上下をつけがたい好敵手に出合って龍虎相まみえることを「棋逢対手」(『西遊記「三四回」』など)といいます。「棋逢敵手」とも。棋力に差があることを「棋高一着」といいます。
 コンピュータプロ・アルファ碁は、世界棋士レート1位の柯潔九段を破って、人間では「棋逢対手」がいなくなり、中国棋院から名誉九段を授与されて引退しました。モノでは各社が人気車種をそろえたSUV(スポーツ用多目的車)市場。ヒトではトランプ大統領の「棋逢対手」は、9秒の握手をした安倍首相よりもマクロン仏大統領のようです。
 

  • 2017年06月14日(水)
  • 植物

「水性楊花」(すいせいようか)

「水性楊花」は水面に浮いて、根も葉もなく、一本の茎からひとつひとつ小さな白い花を咲かせます。有名なのは四川・雲南省境にある草海とよばれる濾沽湖(淡水湖)の水性楊花。これを素材にした料理が「水性楊花」で、花と茎を食べます。
 そこで、水のように柔軟で、愛らしくて嬌艶で、だれに頼ることもなく、おのずから軽浮な女性を「水性楊花」(曹雪芹『紅楼夢「九二回」』など)と呼びます。女性角色(キャラクター)としては、梁山泊の面々が話題になる『水滸伝』(うち『金瓶梅』)の潘金蓮。ドラマ化にあたってのキャスティングで、当時新人だった甘婷婷が抜擢されて演じました。
 このコーナーには荷が余りますが、濾沽湖畔の小村出身でモデルで作家の楊二車娜姆(名は宝石仙女の意)がいます。四川自治州歌舞団から上海音楽学院に、さらに中央民族歌舞団へと進んだあと、天安門事件を契機にアメリカ人と結婚して出国、のち離婚してイタリアでモデルに。「水性楊花」どころか多彩で濃密な活躍をしています。
 

  • 2017年06月07日(水)
  • 自然

「空谷足音」(くうこくそくおん)

 孤独を感じていたときの友人の来訪、心おどる嬉しい内容の便りや貴重な事物を得たときなどに、「空谷足音」(黄榦『黄勉斉文集・四』など)がいわれます。本来は山中のだれもいない静寂な谷で人の足音を聞くのが「空谷足音」です。熊や虎や猪の足音では恐ろしいですが、あるかなきかのかそけき足音は、逢い難い出会いの喜びを伝えてくれます。谷間に生えている「空谷幽蘭」は品性高雅な人にたとえます。
 都会の雑踏を避けて訪れた静かな画廊で、「空谷足音」のタイトルをつけた深山の風景画に出合って、来訪を受けとめられた安堵感を覚えました。本のタイトルや音楽グループの名や電視劇「武則天」の挿曲など「千載難逢」の意で広く用いられています。
『荘子「徐無鬼」』では、思いがけなく賢人をむかえた喜びを「空谷跫然」といっています。荘子にとって「空谷足音」といえば、隠遁の旅の途次、凾谷関で関令尹喜の懇請に応えて、後世に『道徳経』五千字を残して山中へ消えていった老子李耳の姿でしょう。

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堀内正範氏

日本丈風の会 代表
Web月刊「丈風」編集人

当社が永く校正で携わった、『知恵蔵』(朝日新聞社)の元編集長、朝日新聞社社友。
現在は「日本長寿社会」を推進する「日本丈風の会」を主宰し、アクティブ・シニアを応援している。 中国研究を基にした四字熟語への造詣も深く、時事を切り口に、新聞や書籍において解説を行なっている。
日本丈風の会ホームページにて、「現代シニア用語事典」も掲載。

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