東京都新宿区の校正・校閲会社、円水社(えんすいしゃ)のブログ

  • 2017年07月26日(水)
  • 植物

「木雁之間」(もくがんしかん)

「木と雁の間にいる」といっても何のことやらわからない。荘子と弟子の話を聞きましょう。荘子が弟子と山中を歩いていたときのこと。よく枝葉が繁茂している良木なのに、きこりは伐るようすがない。「用いるところなし」という。悩む弟子に荘子は「不材を以って天年を得たり」といいます。求める材として不向きだったために伐られずにすんだというのです。そのあと知人のところに宿って家雁(ガチョウ)のごちそうになります。使用人が「よく鳴くのと鳴かないのがおりますが」と聞くと、主人は「鳴かないほうにしなさい」と命じます。悩む弟子に荘子は「良材と不材との間におることだよ」と答えます。
 能力が発揮できず弱者が救済されない時代には、才能を突出させずといって不要とされない中間あたりにいること、有用さが目立って成果主義に利用されて才能を涸れさせてしまわないことが人生で禍災をさけ安全をたもつ流儀だというのです。「直木先伐」「甘泉先竭」ともいいます。『荘子「山木篇」』から。
 

「潜移黙化」(せんいもくか)

 思想や性格などは知らず知らずのうちに影響をうけて変化するものであることを「潜移黙化」(李宝嘉『文明小史「一回」』など)といいます。よく知られる顔之推の『顔氏家訓「慕賢」』では、「潜移暗化」といっています。人は幼少のころに周りにいる親しい人の言笑挙動から無心に学んで「潜移暗化」によって自然にこれに似てくるものと説いています。むりやり詰め込んだところでよいものは身につかないというのです。
 中国ではとくに大都市で私立幼稚園の入園など修学前から詰め込み教育に狂奔するトラ・ママ(虎媽)が多くいます。それに対して、子どもの将来を慮って穏やかに養育することを求めるネコ・パパ(猫爸)による「潜移黙化」の兆しがが見られるようです。
「孟母三遷」では学校近くに居を遷して「潜移黙化」により孟子を育てましたが、平和しか知らない国の子どもに、平和憲法を守るのは軍備ではなく戦禍を感じる心(八月一五日の天皇の「おことば」も)であることを「潜移黙化」により引き継ぐ必要があります。

 

「挙止不凡」(きょしふぼん)

 挙動が平凡でないこと。立ち居ふるまいが時に脱俗であったり時に高雅であることを「挙止不凡」(『虹楼夢「七回」』など)といいます。
 偽善が横行する魏の末期に、司馬氏の専権に抗して奔放に生きた竹林七賢が「挙止不凡」の例としてあげられます。政治に関わりながら脱俗の境地を好み、文学を愛し酒や琴を嗜み清談をし、「金蘭之契」を楽しんだ文人たち。なかでも阮籍と嵆康双璧といわれます。俗物に対しては「白眼視」で迎えた阮籍。讒言で有罪となった友人を弁護して言論放蕩の罪を負い、名曲「広陵散」を弾き、刑死に臨んだ風器非常の人嵆康。

 近い意味合いで、一般と性格や行動が異なること、事物が際立った特色を備えていることを「与衆不同」(『白居易「為宰相謝官表」』など)といいます。こちらもよく用いられています。「与衆不同」の事物では、長距離を自在に走りまわる車としてクルーザー(酷路沢)が注目され、なかでも「トヨタランドクルーザー4600」が人気になっています。

「楽極生悲」(らくきょくせいひ)

 他者に先行し上に立つ人物をよく観察した古人は、その志と楽について「志不可満、楽不可極」(『礼記「曲礼上」』など)といって自制を求めています。喜楽歓愉は極端にいたらず超出せず、限度を知ることが肝要だというのです。
 とくに小人在位(君子在野)の時代には「志得満意」となり、はては「楽極生悲」(『三侠五羲「一回」』など)という姿を演じることになります。同情されるべきは下に居て、歓楽は一転して悲哀を生ずという無道の政治状況につきあわされる黎民です。
「楽極生哀」ともいい、こちらにはよく知られた「歓楽極まりて哀情多し」(漢武帝「秋風辞」)があります。秦始皇か漢武帝かといわれるほど壮大な野望に生きた武帝劉徹の少壮時の歓楽のほども、また老いとともに迎えた哀情のほども測り知れませんが、ことばは人民にも通じます。戦後「堕落論」の坂口安吾と太宰治と織田作之助の鼎談「歓楽極まりて哀情多し」(実業の日本社文庫)なら、哀情のほども庶民に届くでしょう。
 

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堀内正範氏

日本丈風の会 代表
Web月刊「丈風」編集人

当社が永く校正で携わった、『知恵蔵』(朝日新聞社)の元編集長、朝日新聞社社友。
現在は「日本長寿社会」を推進する「日本丈風の会」を主宰し、アクティブ・シニアを応援している。 中国研究を基にした四字熟語への造詣も深く、時事を切り口に、新聞や書籍において解説を行なっている。
日本丈風の会ホームページにて、「現代シニア用語事典」も掲載。

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