東京都新宿区の校正・校閲会社、円水社(えんすいしゃ)のブログ

  • 2017年08月30日(水)
  • 動物

「蟷臂当車」(とうひとうしゃ)

 小さなカマキリが両臂を怒らせ通りかかった大きな車を威嚇します。自らの力を量らず強大な力量のものに抗することが「蟷臂当車」(『荘子「人間世篇」』)です。才美を是とする者の戒めとしています。またトラ飼いはトラが獲物を殺す時の怒りや引き裂く力を出させぬため、生きたものやまるごとを与えず飢飽の時を知って餌を与え、養う者に媚びるようしむけます。ウマに馴れ親しんだ者は、蚊やアブを叩いたりすることでウマが暴れて愛を失ったりします。類を異にするものを知って順わせる術を説いています。

 また「蟷螂捕蝉、黄雀在後」(「山木篇」)は、荘子のこんな経験を伝えます。あるとき禁苑の栗林でカササギを見かけ、はじき弓で射ようとします。そのとき一匹のセミが木蔭で安らいでいるのに気づきます。その後ろでカマキリが斧を上げてねらい、カマキリをカササギがねらい、カササギに自分が弓を向けている。「ああ物は累を及ぼし、利と害は互いに招き合うものだ」とつぶやき立ち去りますが、苑の番人に咎められます。

  • 2017年08月23日(水)
  • 動物

「白駒過隙」(はっくかげき)

 人生の短さをいう表現のひとつ。白馬が隙間を駆け抜けるという「白駒過隙」(『荘子「知北游篇」』)は、あざやかな印象を残して人生の時間の短さを伝えます。荘子は「人生天地の間、白駒過隙のごとし、忽然として已む」といいます。「忽然として已む」というのは、「光陰如(似)箭」(光陰矢のごとし)ほどには速くなく、訳注によれば短いとはいえ「暫」といったほどの長さがあって、重要な会議のひとつくらいは行えるようです。
 その短い隙間を用いて北宋初頭の長い平和を築いたのが趙匡胤でした。趙匡胤は全土統一の闘いをともにした功臣たちを前に、人生は「白駒過隙」であり「争いをやめて天年を終えよう」と呼びかけ、杯をあげて功臣たちに兵権を捨てさせたのでした。
 人生の短さをいうもうひとつの表現が「人生如朝露」(曹操「短歌行」)。三国魏の曹操は、朝露のような刹那の生を酒と歌に託して自らを励ましつつ、周公旦に学んで賢人の訪れを待っています。もうひとつ女性にも励まされて、25男をもうけています。
 

「尾生之信」(びせいししん)

「聖人生じて大盗起こる」ということで、『荘子「盗跖篇」』には、聖人孔子がでた魯の国の大盗として盗跖を登場させています。盗跖は配下九〇〇〇人がいたという大盗賊団の首領で、『荘子』ではこの盗賊の跖が孔子に説教を垂れたりしています。

 盗跖はまた賢人で餓死した伯夷叔斉などとともに尾生という人物を生命を軽んずる愚か者の一人として取り上げています。尾生は頑固に約束を守る人物で、女性と橋の下で逢う約束をしたところが、女性が来ないで水がやってきて去らず、ついに梁柱を抱いたまま死んだということから人間本然の生を忘れた例として扱われています。しかし「尾生抱柱、至死方休」は、男性が女性を愛する堅さの意味で用いられています。

『荘子』のこの情景から芥川龍之介は「尾生の信」という小編を書いています。「女は未だに来ない」と尾生が橋の下で、恋人を待ち暮らしたように、自分もただ何か来るべき不可思議なものばかりを待っている。尾生の魂が「私に宿った」と書いています。

  • 2017年08月09日(水)
  • 自然

「朝三暮四」(ちょうさんぼし)

「朝に三つ、暮に四つ」というのは、宋の狙公(サル使い)がサルたちの食を制限せざるをえなくなって、一日に与えることにした芧(ちょ、木の実)の数です。それを知ったサルたちは皆怒りました。そこで「朝三暮四」ではなく「朝四暮三」にしたところ、サルたちは皆悦びました。(『荘子「斉物論篇」』より)
 この話は『列子「黄帝篇」』にもあって、狙公はサルたちの反応をみるためまずは誑かして「朝三暮四」にすると伝えます。もちろん皆起って怒ります。そこですかさず「朝四暮三」にするというと皆伏して喜びます。聖人が智をもって群愚を籠する例としています。
『荘子』では、愚かなサルたちをだますのではなく、日に七つという「無理のないありよう(天鈞)」を知って、どちらも同じ(斉同)であるなかで、まずは非のほうを示して後に是のほうを示して、是非を用いて「和」を得る法としています。これを聖人による「両行」といっています。さて是も非も混じるサルたちの場合ならどうするのでしょう。
 

  • 2017年08月02日(水)
  • 動物

「曳尾塗中」(えいびとちゅう)

『荘子』から前回は「木雁之間」「甘泉先竭」「直木先伐」(山木篇)を取り上げましたが、もっとも荘子らしい成語がこの「曳尾塗中」(秋水篇)です。宋国の蒙(河南省商丘近く)にいた荘子は、南の新興国楚の王から招請を受けます。釣りをしていた荘子は、遣いの者に、楚の宮殿には長寿の形見としてカメが収蔵されているようだが、どろの中を自由に這いまわるカメとどっちが幸せかねといって断ります。荘子らしいエピソードです。
『老子』と比べると少ないですが、本稿でも『荘子』から「邯鄲学歩」(秋水篇2013417)、「鵬程万里」(逍遥遊篇2013731)、「心服口服」(寓言篇2015722)、「空谷跫然」(徐無鬼篇201767)などを取り上げています。
 荘子にちなむ四字熟語としては、「害群之馬」「学冨五車」「甘拝下風」「涸轍之鮒」「井底之蛙」「淡水之交」「朝三暮四」「沈魚落雁」「呑舟之魚」「白駒過隙」「尾生之信」などが知られます。この夏は『荘子』にかかわるいくつかをご紹介いたします。
 

| 1/1PAGES |
webサイトはこちら

堀内正範氏

日本丈風の会 代表
Web月刊「丈風」編集人

当社が永く校正で携わった、『知恵蔵』(朝日新聞社)の元編集長、朝日新聞社社友。
現在は「日本長寿社会」を推進する「日本丈風の会」を主宰し、アクティブ・シニアを応援している。 中国研究を基にした四字熟語への造詣も深く、時事を切り口に、新聞や書籍において解説を行なっている。
日本丈風の会ホームページにて、「現代シニア用語事典」も掲載。

S M T W T F S
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< August 2017 >>

月別アーカイブ