東京都新宿区の校正・校閲会社、円水社(えんすいしゃ)のブログ

「損之又損」(そんしゆうそん)

 損と損を之と又でつないで安定したたたずまいがありますが、しかし理解には想像力を要求する成語です。損は手で取り去って減らすのが語源で、損失が身近ですし、そこなう意味では損傷・損害があります。損益や損得では語頭をしっかり固めています。
『老子「第四八章」』には、「学を為す者は日に益し、道を為す者は日に損し、之を損して又損し(損之又損)、以って無為に至る。無為にして為さざるなし(無不為)」と記されます。無不為という二重否定による強い肯定がどう為すかへのこだわりを伝えます。同文で『荘子「知北游篇」』に表れます。老子は「学」を対比し、荘子は「知」で示します。
「知」(擬人)は帝宮で黄帝にまみえて「何を思い慮れば道を知るや」と問います。黄帝は答えを知らないという無為謂を認めたうえで、聖人は「不言の教えを行う」(老子「第二章」)といって「損之又損」を引きます。天下を取る者が「損人利己」や「損公肥私」を避けて、言動をひかえて「謙虚」な態度を保持することにいいます。
 

「無為自化」(むいじか)

「無為」というのは、ふつうには「無為にすごす」など何も為さないことをいいますが、老子の「無為」はそうではなく「為すことによって為さない」のです。作為的にならないようごく自然におさまるようおこなうこと。司馬遷は『史記「老子韓非列伝」』で「清静にして自ずから正」というのが老子の「無為自化」(『老子「五七章」』から)であるといいます。
『老子』前篇の「道経」最後の三七章に「道の常は無為にして為さざるはなし」といい、後篇「徳経」最後の八一章に「聖人の道は為して争わず」とあります。為さないのではなく「為して争わず」なのです。これが関外へと去りゆく先哲の残した永別のことばです。この「無為」が納得できないと「衆妙の門」が何であるかの理解がいかないでしょう。
 本年の夏『荘子』につづいて、この秋・冬は『老子』にちなむ成語を整理しておきましょう。本稿ですでに「不争之徳」(20135「大弁若訥」(20137「信言不美」(20142「目迷五色」(20148「小国寡民」(201510などを掲載しています。

 

「万人空巷」(まんにんくうこう)

 家々から人が出てきて一カ所に集って巷に人がいなくなる状態を「万人空巷」(蘇軾「八月十七復登望海楼」など)といいます。毎年恒例の盛大な祭事や慶祝行事や歓迎集会や新奇な事物などで見かけますが、民衆に慕われた人物ならどこへ出かけてもそういう情景を現出するでしょう。映像の時代でもそんな実景にかわりはありません。
 宗教にちなむローマ法王のような方なら静かに、サッカーなどスポーツ選手や歌手などエンターテイナーなら熱狂的に。政治の場面では8月29日に発射された中距離弾道ミサイル火星12の成功を祝うピョンヤン街のようす。国の未来を国民が選ぶ総選挙もその機会ですが、候補でない人の演説に聴衆が集まる風景も見られるようです。
 東京・上野動物園で6月に生まれたメスのパンダちゃん。名前の一般公募32万通(2万通り)から9月に「香香(シャンシャン)」と名づけられて、半年後の12月に公開されますが、きっと「万人空巷と呼ぶにふさわしい情景を現出することでしょう。
 

「同室操戈」(どうしつそうか)

 同室の者同士で武器を操ることが「同室操戈」(『後漢書「玄伝」』など)で、兄弟間の争いや内部抗争での比喩としてよく用いられます。「同室異夢」あるいは「同床異夢」であれば急にどうということにはなりませんが。
 歴史上で有名なのは魏の曹操の子曹丕と曹植の兄弟の間。「七歩の詩」に、豆を煎るのに豆がらを燃く。豆は釜中にあって泣く。本は是れ同根より生ずるを、相煎ること何ぞはなはだ急なるとあって、「同室操戈、相煎何急」として用いられます。周恩来が国共両軍の争いを嘆いたことで知られます。たとえばiPhone8と10周年記念のiPhoneX、バイクのヤマハR1MとR1Sといった製品の「同室操戈」も話題になります。韓国ロッテ辛一族の骨肉の争い、卓球での平野美宇と中国選手丁寧との争いも「同室操戈」のうち。
 アメリカのように銃規制のゆるい国のこわさをラスベガス事件が教えています。なんでもアメリカ追随の日本で、「同室操戈、相似(煎)何急」とならないことを願います。

 

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堀内正範氏

日本丈風の会 代表
Web月刊「丈風」編集人

当社が永く校正で携わった、『知恵蔵』(朝日新聞社)の元編集長、朝日新聞社社友。
現在は「日本長寿社会」を推進する「日本丈風の会」を主宰し、アクティブ・シニアを応援している。 中国研究を基にした四字熟語への造詣も深く、時事を切り口に、新聞や書籍において解説を行なっている。
日本丈風の会ホームページにて、「現代シニア用語事典」も掲載。

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