東京都新宿区の校正・校閲会社、円水社(えんすいしゃ)のブログ

「忘乎所以 」(ぼうこしょい) 

 過度に興奮したり驕り高ぶって有頂天になり平常のときとは異なったふるまいをすることを「忘乎所以」(古華『芙蓉鎮「三章」』など)といいます。「忘其所以」とも。
 初恋のときや観劇中に涙したことや新車に初乗りしたときの自分を思ってみればわかります。ひととき冷静さを失っていてもいずれは言行も平常に。日本をよく知る観光客は、東京では喧噪を楽しみながらお目当ての買い物をし、季節の富士を眺め、神戸では静かに和牛料理で至福の時をすごすそうで、こんな「忘乎所以」ならうらやましい。
 さて核開発やミサイル発射で国際社会を騒がせ国民を過剰に鼓舞してきた金正恩委員長ですが、「米朝会談」を前にいつもの調子で盾突いて、トランプ大統領に「会談中止」のカードをつきつけられて「忘乎所以」に。6月12日シンガポールでの会談本番で「核保有国にあらず」という有無をいわせぬ「非核化」要求に国民を納得させる成果をえられるか。30代の大人物は国際舞台で「忘乎所以」の正念場をむかえています。
 

「口蜜腹剣」(こうみつふくけん)

 口先では甘く優しいことをいいながら腹の中では裏腹に相手を陥れる策を講じていることを「口蜜腹剣」(『資治通鑑・唐紀「唐玄宗天宝元年」』から)といいます。唐の玄宗のころの宰相であった李林甫は、宋代の司馬光によって編まれた『資治通鑑』で「口有蜜、腹有剣」と評されました。陰険な人物だというのです。こういう「心口如一」ではない表裏のある人物が政治の現場に現れる時代があるようです。
「心口不一」であっても「口剣腹蜜」であればまだしもですが。母が魯迅と知り合いであったという画家・詩人の木心先生(孫璞)が魯迅を評した「口剣腹蜜」に触発された女性検察官たちがことば厳しく心優しく子どもや弱者を守る活動には同感できますが。
 台湾の蔡英文総統は、朝鮮半島での「文金合意」から「対等、尊重、政治的前提を設けず」といいだしたため、大陸側から「九二共識」(1992年の「一つの中国」合意)を退けた「対等対話」は両岸関係を緊張させる「口蜜腹剣」だという非難を受けています。
 

「有声有色」(ゆうせいゆうしょく)

 声色(こわいろ)に生彩があるとともに表現に精彩があることに「有声有色」汪藻『浮溪集一八「翠微堂記」』など)がいわれます。舞台や講演や文章表現などが生動・風雅・強記博聞であることでも。白楽天の「長恨歌」では楊貴妃の悲恋に「有声有情」となりますし、乱世にもてあそばれる文姫の物語では「有声有泪」になります。
 一般には「世界野生動植物日」(3月3日)に虎豹などの保護をするといった特別な活動もありますが、子どもの安全教育や夏休みの課外活動といった有意義で精彩のある活動などにもいいます。演唱会を華やかに彩る美人歌手レディーガガ(女神卡卡)や「春暖花開」を歌う伊能静(台湾)なら「絵声絵色」となります。反義語は「無声無息」。
 日本料理の素材の持ち味を生かして際立たせる調理法は「有声有色」です。いま寿司ネタでは金槍魚(マグロ)に三文魚(サーモン。江戸前では寄生虫がいて中るサケを避けていました)が双璧です。「無声有色(食)」といったところ。
 

「急功近利」(きゅうこうきんり)

 成功を急いで利益に近づくのが「急功近利」(董仲舒『春秋繁露「巻九」』など)です。眼前の功利に動かされると失敗してしまいます。これは世の常のことですから歴代に事例を欠きませんし、よく使われる四字熟語です。「急功小利」とも。反義語は「深謀遠慮」。
「助長」の元になった「抜苗助長」(『孟子「公孫丑章句」』から 2014・2・19)は古代宋国の農夫が苗を早く成長させようと毎日引き伸ばして枯らしてしまったこと。ですから「助長」はいい意味では使いません。宋代の王安石の筆下にいた方仲永は五歳で詩を能くしましたが、ある人が親子をもてなしおカネを出して題詩を求めました。それがきっかけで郷里の人を訪ねては詩をつくった結果、十二歳のころには才を失い普通の人に。
 現代の中国でも子育てに「助長」がみられます。中国のTV漫画がアメリカや日本に追いつこうと功を急ぐあまり、「童心」を失っているとの指摘があります。また人工知能の導入には国家戦略が優先しますが、アメリカ企業の投資には「急功近利」がいわれます。

「閉門謝客」(へいもんしゃかく)

 門を閉じて外界との交渉を断ち客を謝絶するのが「閉門謝客」(『野叟曝言「二三」』など)です。さて閉門してどうするのか。「閉門思過」とくれば、みずから過ちを恥じて反省するため。「閉門読書」とくれば、静かに学問をすることに。さらに「閉門覓句(べきく)」とくれば、苦吟して詩作することに。わが内田百間の「忙中謝客」はこのあたりを装ってのもの。そして「閉門酣歌」となれば、酒肴を前に女性をはべらせ歌舞享楽を尽くすことに。「閉門」もみずから門を閉じてすごす悦楽は捨てがたいもの。しかし江戸時代の「閉門」は邸の門を閉じ出入りを禁じた刑罰(個人への刑が「蟄居」)でした。
「閉門造車」(朱子『中庸或問「巻三」』など)は、門を閉ざして車を造り、その車が規格に合致して門外で利用できること(出門合轍)。仏教徒が内奥の真理を究めて外に出て布教をおこなうような場合です。門外の規格に合わない車は使いものにならない。そこでのちには「閉門造車」は客観性を欠く主観的な立場や意見を指すようになりました。
 

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堀内正範氏

日本丈風の会 代表
Web月刊「丈風」編集人

当社が永く校正で携わった、『知恵蔵』(朝日新聞社)の元編集長、朝日新聞社社友。
現在は「日本長寿社会」を推進する「日本丈風の会」を主宰し、アクティブ・シニアを応援している。 中国研究を基にした四字熟語への造詣も深く、時事を切り口に、新聞や書籍において解説を行なっている。
日本丈風の会ホームページにて、「現代シニア用語事典」も掲載。

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