東京都新宿区の校正・校閲会社、円水社(えんすいしゃ)のブログ

  • 2018年08月29日(水)
  • -

「心中有数」(しんちゅうゆうすう)

 日本では「心中」といえば、「しんじゅう」と読んで、許されぬ仲の男女が死を選んでともに命を断つことをいいます。もっともたいせつな命を捧げ合う愛の表現です。相思相愛のふたりばかりでなく一家心中や無理心中もあります。捧げるものは命とかぎらずに髪(断髪)や指(切指)などの場合もあります。「心中(しんちゅう)」の証に「心中(しんじゅう)」するといった意味での用い方は中国にはないようです。

「心中有数」(馮徳英『迎春花「八章」』など)は、心の中ではその意味合いや原因を了解していて解消への糸口は得ているものの、それをことばにしたり表示したりできていない状態をいいます。『荘子「天道」』には、「心に応ずれど口言う能わず、有数はその間に存り」と説かれています。前出の「胸有成竹」(2013911や「知己知彼」や「百無一失」などが横合いにあって説明してくれます。「心中無数」もあって、こちらは博学すぎて心の中にあまりにさまざまありすぎて分別収拾がつかない状態をいいます。
 

  • 2018年08月22日(水)
  • -

「群龍無首」(ぐんりゅうむしゅ)

 

 近年のこの国は、毎年「首」(首相)をすげかえた「一年一相」の七年のあと、「一強五年」という変則の時期にあります。

 易では「群龍無首」(『周易「乾」』から)は本来「吉」であると説きます。天徳による治世がおこなわれていたころには、優れた能力をもつ人物(龍)がたくさんいて、お互いに補いあってしごとをしていたので、とりたてて「首」とする人物を置く必要がなかった(無首)のです。ところが時代がくだって龍ならざる俗人による治世になると、「群龍無首」は優れた指導者がいない(無首)ために何も決まらず先へ進めないことをいうようになります。そこでわれから天徳の命に迫ろうとして「首」(首相)をめざす人物が現れます。それでも成果があがらなければ首をすげかえすげかえして対応します。次の首のすげかえでも吉卦の「群龍無首」に近づけず、いっそのこと「抜類超群」の人物を国民参加で政策(天の意思)を確かめつつ選び出す大統領制のほうが近道かもしれません。

  • 2018年08月15日(水)
  • -

「捲土重来」(けんどちょうらい)

 夏の甲子園「第100回記念大会」に102年ぶりの全国制覇をめざした北神奈川代表の慶応高校。地方大会の一戦一戦に「四字熟語」を掲げて勝ち抜いてきたといいます。春のセンバツ初戦で彦根東高校に3−4で敗れた悔しさを晴らすべく、夏の初戦、中越高校戦に掲げたのがこの「捲土重来」でした。3−2サヨナラで結果を示しています。
「捲土」は人馬が土を巻き上げて疾駆すること。ひとたび敗走してのち勢力を回復して攻め返すのが「捲土重来」(杜牧「題烏江亭」から)で。楚の項羽は劉邦の漢軍に垓下の戦いで敗れて、愛姫の虞美人に死を賜ったあと、長江北岸の烏江まで落ち延びます。しかしここで江東に還るのをはじとし自刎しました。(『史記「項羽本紀」』から)
 夏の甲子園大会で覇を競球児たちは、敗北したあと 甲子園の土袋につめて持ちかえりますその悔しさは全国制覇して晴らされるもの。2回戦で敗れた慶応高校は激戦を勝ち抜いて優勝決定戦でこの「捲土重来」を掲げるべきだったでしょう。
 

「安居楽業」 (あんきょらくぎょう) 

 安眠のできる家があり楽しんで従事できるしごとがあること。平和の国で暮らしていると当たり前に思えるこの「安居楽業」(『漢書「貨殖伝」』など)というふたつが、戦乱にあけくれた時代を生きた人びとにはどれほど得がたいことであったことか。
 途上国として平和と経済の高度成長期に遭遇して、中国に暮らす人びとは歴史的にはじめて「小康社会」「安身立命」(『景徳伝灯録「巻一〇」』)の人生を現実のものにできているようです。日本の場合は仏教の影響を受けて四字熟語としては「安心立命」ですが、中国では生活感に裏打ちされた「安身立命」が基本です。ちなみに京都の立命館大の名の由来は孟子の「修身立命」(尽心上)にあるようです。
 習近平政権は2020年までに「全民脱貧」という目標の達成をかかげましたが、米中経済摩擦の影響次第では、国民の生活上の充足感である「安居楽業」と将来への「安身立命」が確保されるかどうか、むずかしいところです。
 

「百折不撓」 (ひゃくせつふとう) 

 なにがなんでも頑強に「不不屈」をとおして譲らないというのは格好いいが成果はどうでしょう。複雑な要件に対処しつつ、ときには多少の挫折はあっても、本筋では意志堅固にして人品においては屈服しないこと。乱世の後漢末期に、蔡邕は「太尉橋玄碑」にみずからの立場を重ねて「百折不」と記しています。その娘蔡琰(文姫)ものちに生涯を翻弄されつづけた時代を曹操は「清平の奸賊、乱世の英雄」(許劭「月旦評」から)として生きています。毛沢東は「孫中山先生は広大な人民を領導し、不断の闘争を百折不撓のうちに進行した」(「中国人民大団結万歳」から)と讃えています。
 都市もまた「百折不」をめざします。重慶市は6月5日10時30分〜42分まで防空警報を発します。前事不忘、後事之師としての「重慶大轟炸(爆撃)記念日」です。日本軍は中華民国臨時首都だった重慶に1938年2月〜43年8月まで5年半爆撃を加えました。今の自衛隊の議論はアジアの平和の「百折不」とかかわっているのです。
 

| 1/1PAGES |
webサイトはこちら

堀内正範氏

日本丈風の会 代表
Web月刊「丈風」編集人

当社が永く校正で携わった、『知恵蔵』(朝日新聞社)の元編集長、朝日新聞社社友。
現在は「日本長寿社会」を推進する「日本丈風の会」を主宰し、アクティブ・シニアを応援している。 中国研究を基にした四字熟語への造詣も深く、時事を切り口に、新聞や書籍において解説を行なっている。
日本丈風の会ホームページにて、「現代シニア用語事典」も掲載。

S M T W T F S
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 
<< August 2018 >>

月別アーカイブ