東京都新宿区の校正・校閲会社、円水社(えんすいしゃ)のブログ

  • 2019年07月31日(水)
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「玉骨冰肌」(ぎょくこつひょうき)

 美しい玉が砕け散る「玉砕」は、古典では美しい女性の死を哀惜する「玉砕珠沈」や「玉砕香消」として用いられています。そして人生のひとときを梅の花のように香気を漂わせて生きている女性をいうのが「玉骨冰肌」(揚無咎「柳梢青」など)です。

 玉骨は指や脚に露わですし、白く潤いを含んだ皮膚はひんやりとして。宋代の詩詞にはこの天賦のままの容姿をもつ「玉骨冰肌」の女性が多く詠われていて、蘇軾にも「冰肌玉骨」(洞仙歌)があります。現代でも才貌そろった女性を「玉骨冰肌」と形容しますが、かつての美人とのちがいは衣装や化粧で天賦の美を失っていることでしょうか。

 八月に「玉砕」というと、第二次大戦中の日本軍守備隊が潔く大義に殉じて全滅したことを大本営が発表するときに使った「玉砕」を思い起こします。そしてついには「一億玉砕」までいわれました。しかし大義に死ぬ意味合いでの「玉砕」は中国では用例を見ませんし、日本では美人をいうのに「玉骨」を用いることはないようです。

  • 2019年07月24日(水)
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「決勝千里」(けっしょうせんり)

 千里も離れたところで戦略を立ててはるかな戦場で勝利を収めることを「決勝千里」(『史記「高祖本紀」』から)といいます。楚の項羽を倒して漢王朝の皇帝に推された劉邦は、都の洛陽に文武百官を集めて祝宴を開きます。その席で臣下の三人(人中三傑)を褒めあげたのです。まずは維幄(陣幕)の中にあって戦略を立て、千里先の戦場での勝利を見通せる張良(子房)にはかなわない。百姓を安んじ戦いのための糧道を絶たない䔥何にもかなわない。そして攻める城は必ず落とす韓信の用兵はわたしより勝れている。自分より勝れている三人を用いることができて天下がとれたのだと褒めあげたのです。成果を臣下の力とする大将もさすがと思わせて。

「決勝千里」は羽扇軽揺の諸葛亮、唐の李世民や明の朱元にもいわれますが、現在は「国考申論」(国家公務員試験)の論文がこの「決勝千里」だといいます。課題の本質と特徴を的確に把握し国を治める要諦をまとめる能力がそれだというのです。

 

  • 2019年07月17日(水)
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「魯魚亥豕」(ろぎょがいし)

 漢字の字形が似ているために、写し誤ったり読みちがえたりすること。「魯」と「魚」また「亥」と「豕」字形をまちがえやすいことから、合わせて「魯魚亥豕」(『紅楼夢「一二〇回」』など)といいます。「魯魚陶陰」や「魯魚帝虎」なども同じです
 孔子の弟子子夏が衛国を過ぎた時のこと、史書を読む者がいて、「晋師三豕河を渉る」(晋軍と三匹の豕が河をわたる)というのを聞きました。三匹の豕が河をわたるとは何事? そこで子夏は「非なり、これ亥なり」と正します。「と三とは近く、豕と亥とは似ているからで、三豕ではなく亥の年(今年と同じ干支)あると指摘しました。そのとおりだったので衛国では子夏を聖としたといいます(『呂氏春秋「二二」』から)。
 中国では日ごろの会話でも「それどの字?」としきりに確認します。日本にとって関心が深いのは、現存する版本『三国志・魏書「東夷伝倭人条」』の「邪馬壹國」の壹は伝写の過程での臺の誤写とし「邪馬臺國」と読むことを通説としていることでしょう。

 

  • 2019年07月10日(水)
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「一鼓作気」(いっこさくき)

『春秋左氏伝』によれば、春秋時代243年間に発生した戦闘は450余を数え、平均して一年に二度の戦争が行われたことになります。戦闘に参加したのは士以上の貴族で平民は武器を所持せず貢物を納めるだけとはいえ「安居楽業」(前出)は夢でした。 

 戦闘を開始するときには太鼓を撃って士気を盛り立てますが、とくに最初の撃鼓で兵士の闘志を一気に奮い立たせることが「一鼓作気」(『春秋左氏伝「荘公十年」』から)です。紀元前684年、三鼓まで打って侵攻してきた大国の斉軍に対して、満を持して士気をみなぎらせた弱小国の魯軍は、そこで初めて鼓を撃って戦端を開き、斉軍の撃退に成功しました。そのことから「一鼓作気」は戦術に採り入れられました。

 今日でも力をみなぎらせて一気にことを仕遂げる事例に「一鼓作気」を用います。太鼓を打って士気を鼓舞する事例では、甲子園の高校野球で、応援席に陣取った太鼓を打って繰り広げる応援合戦は観客スタンドの欠かせない「一鼓作気」の情景です。

 

  • 2019年07月03日(水)
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「大腹便便」(だいふくべんべん)

 便便は肥大しているようすで、「大腹便便」は下腹の出た中年男性をいいます。後漢時代の辺韶(孝先)という師に対する弟子たちの揶揄「辺孝先、腹便便」(『後漢書「辺韶伝」』)からのようです。辺韶は、腹には五経がつまっており、よく睡るのは孔子のように夢で周公に会って腹中の経論を談じているからだと切り返しています。後に大がつきました。「大腹便便」の商賈といえば豊かさの表象です。安定期の唐代のでっぷり玄宗にぽっちゃり美人の楊貴妃(60キロ+)はダイエット時代には現われないでしょう。
 かつてサッカーファンを沸かせた有名選手が引退後に呑みすぎ食いすぎで「大腹便便」の中年男にといった個人の例ならまだしも、戦闘力を期待される軍人の「大腹便便」が指摘されています。アフガン戦線でビールを呑まなきゃいられなかったドイツ軍兵士。機械化で任務に支障がないとはいえ訓練を避ける軍人の増大は米軍でも問題になっています。「大腹便便」の軍人や警察官は戦闘のない平和の証なのですが。

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堀内正範氏

日本丈風の会 代表
Web月刊「丈風」編集人

当社が永く校正で携わった、『知恵蔵』(朝日新聞社)の元編集長、朝日新聞社社友。
現在は「日本長寿社会」を推進する「日本丈風の会」を主宰し、アクティブ・シニアを応援している。 中国研究を基にした四字熟語への造詣も深く、時事を切り口に、新聞や書籍において解説を行なっている。
日本丈風の会ホームページにて、「現代シニア用語事典」も掲載。

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