- 2019年11月27日(水)
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「泥牛入海」(でいぎゅうにゅうかい)
時代により意味合いが異なってしまう四字熟語の例は「走馬看花」などで見てきましたが、この「泥牛入海」(釈道原『景徳伝灯録「巻八」』から)は立場により異なる例です。宋代になった禅宗語録の『景徳伝灯録』からは本稿でも「雪上加霜」をとりあげていますが、この「泥牛が二頭たたかいながら海に入り、再び戻ってこなかった」という禅僧が見た「泥牛入海」の情景は、ひとたび去って消息なしの比喩としてよく用いられます。
穀物の産地である江南(呉)で、炎熱のもと日中いっぱい酷使された牛には、東から上ってくる満月が太陽と映ります。そこで月におびえる「呉牛喘月」ということになります。牛の喘ぎは同時に農民の喘ぎです。しかし終日よく働いた牛を海に入れ泥を落とす農事の実景なら、「泥牛入海」は明日にそなえる牛と農民にやさしいことばです。
平家滅亡のとき、安徳天皇とともに海に沈んだ「三種の神器」のうち剣が返らず「泥牛入海」となって以後、神器のお出まし順は勾玉、鏡、剣の順になったといいます。