東京都新宿区の校正・校閲会社、円水社(えんすいしゃ)のブログ

  • 2019年11月13日(水)
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「抱薪救火」 (ほうしんきゅうか) 

 薪(柴草)を抱えて火を救う「抱薪救火」(『史記「魏世家」』から)は、誤った方法で災禍を除去しようとするとかえって災禍を拡大させてしまうこと。戦国時代の強国秦の侵攻を受けて次々に城鎮を失った魏は、何度も土地を割譲して和議を結びます。蘇代(合従抗秦の蘇秦の弟)は領土の割譲は「抱薪救火」であり秦の欲望を強めるだけと主張しますが、目前の和平を望む魏王は聞き入れず、魏は紀元前225年に滅亡します。
 米中貿易戦での中国の対応を軟弱とみてさらに不公平な要求で迫る超大国アメリカの政策に対して、「抱薪救火」の歴史を知る中国は、経済発展の総力をかけて強硬な対抗措置をとりつづけ、互利互恵の国際協調国(日本やドイツも)を味方につけて戦いぬきます。一方、アメリカは第一次大戦後にとった自国中心政策が世界恐慌を招いた歴史に学んで、第二次大戦後つづいた国際協調の後退期に登場したトランプ政策に歯止めをかけようとしています。歴史に学んで対処する両国の動向に注目です。
 

  • 2019年11月06日(水)
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「滄海桑田」(そうかいそうでん)

 中国では全国をいうのに海に囲まれた日本の「津々浦々」ではなく「四海五湖」といいます。広大な海は変じて桑田(肥沃な大地)となり、桑田は変じて海となる。こういう事態の大転換を「滄海桑田」(儲光義「献八舅東帰」』など)といいます。ですから滄海は生産的存在ではありませんでした。「滄海遺珠」は大海でうしなった珍珠で、埋没してしまった人物やなくした珍貴な事物のこと。蘇軾は有名な「前赤壁賦」に長江の無窮と人生の須臾であることを大海に浮く一粒の粟に例えて「滄海一粟」といっています。

 中国の人が海岸線をうまく書けないのは書く必要がなかったからでしょう。河川は東流して東海にそそぎ、「百川帰海」しておしまい。海に関心がなかったゆえの「滄海桑田」でしたが、その中国が東海の小さな島にまで関心をもつことになったのは、アメリカという大国が東海のむこうに出現したから。「桑田」も「滄海」もともに重要な存在であるという意味合いに変容しつつ、この四字熟語は新たな時代を生きつづけます。

  • 2019年10月30日(水)
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「削足適履」(さくそくてきり)

 足を削って履(くつ)に適(あ)わせるという「削足適履」(『淮南子「説林訓」』など)は、いわゆる現実主義の正統派である「実事求是」の立場から形式主義を批判する場合の分かりやすい比喩としてよくつかわれます。不合理であったり、伝統や規範に収まらなかったり、固定化に挑戦するような事象をいうには便利なことばです。典拠の『淮南子』では、頭を殺(そ)いで冠に便ならしむ(「殺頭便冠」)も合わせています。

 履には「鄭人買履」(『韓非子「外儲説」』から)があります。鄭の人が履を買うためにまず自分の足の度(はかった寸法書き)をつくります、市に行って履をえたところで度を忘れてきたことに気がづいて家にもどってとってかえすと市は終わっていて履をえられない。なんで自分の足で試みないのかと聞かれて、度は信じられるけれど自分の足は信じられないからだとこたえています。こうして合わせてみると、人は古代から自分の足が心地よく収まる履を得ることに苦労してきたようすが知られます。

  • 2019年10月23日(水)
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「心花怒放」(しんかどほう)

 この「怒」は勢いの盛んなこと。心中の喜びが一気に溢れ出るようす。ラグビー(球)の「ワールドカップ2019」の日本戦で、トライを決めるたびに、一人ひとりの観衆の「心花怒放」(李宝嘉『文明小史「六〇回」』など)が溢れて、観客席が何度となく異様な興奮とどよめきにつつまれました。もとは仏教で悟りの境地をえることでしたから、法悦にちかい共鳴を伝えることばといえそうです。「心花怒発」「心花怒開」ともいいます。
 宋代の詩人蘇軾が19歳のとき、新婚の夜に、白磁のような肌をもつ16歳の新妻が燭光のもとで「心花怒放」となった姿を詠った詞を残しています(南郷子寒玉細凝)。魯迅『故事新編「奔月」』にも現われます。弓の名手である羿(げい)が、獲物がなかったため悶々としていて飛禽を見つけて鳩と誤って農家の母鶏を射てしまうところで、「心花怒放」がつかわれています。美空ひばりが命がけで歌った「不死鳥コンサート」(東京ドーム、1988年)も、歌謡史に残る「心花怒放」の舞台だったといえるでしょう。
 

  • 2019年10月16日(水)
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「黄河水清」(こうがすいせい)

 黄河は「一碗の水、半碗の泥」といわれ、「千年“黄河清”をみること難し」といわれて、「黄河水清」(『宋史「包拯伝」』など)は、あり得ないこと、得がたいこと例えとされてきました。瑞祥としては「黄河清くして聖人生ず」(李康『運命論』から)とされて、聖人の登場を希求する民衆の声ともなってきました。ところがいま全域で流下する泥砂の量が減り、上流はもちろん、内蒙古の河口鎮から濁流で有名だった壺口瀑布を経て鄭州の桃花峪まで1200キロの中流域がすでに“黄河清”となり、開封より下流も浅黄色を呈しているといいます。黄河水清」は史上43回も起こっており最長で20年、新世紀の「黄河水清」は前例のない現代中国「天下大変」の兆候となろうとしています。実景をみるなら「小浪底ダム(黄河三峡景区)」遊覧をおすすめします。
 出典の包拯は北宋時代清官で、役所を常時開門とし休まず身を処して善政をおこなった人物。包老が笑うのを人びとは「黄河水清」に例えて珍重したことから
 
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堀内正範氏

日本丈風の会 代表
Web月刊「丈風」編集人

当社が永く校正で携わった、『知恵蔵』(朝日新聞社)の元編集長、朝日新聞社社友。
現在は「日本長寿社会」を推進する「日本丈風の会」を主宰し、アクティブ・シニアを応援している。 中国研究を基にした四字熟語への造詣も深く、時事を切り口に、新聞や書籍において解説を行なっている。
日本丈風の会ホームページにて、「現代シニア用語事典」も掲載。

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