東京都新宿区の校正・校閲会社、円水社(えんすいしゃ)のブログ

  • 2019年03月20日(水)
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「大材小用」(だいざいしょうよう)

 大きな器材を小さな用途に使うことが「大材小用」(『剣南詩稿「送辛幼安殿撰造朝」』など)で、才能ある人物を低い職務に用いる人材の不当な扱いでよく用います。出典に引いた南宋の陸游の詩では辛棄疾(字が幼安)を取り上げています。『三国演義』では「鳳雛・龐統」の大材ぶりを見誤って小用に扱った劉備の失敗談が語られます。
 最近の例では、北京大学博士課程を卒業した学生が高校教師になったことが「大材小用」として話題になりました。8歳で小学校に入学して6年、初中3年、高中3年、大学4年、碩士(修士)3年、そして博士が3年で、本人の学術への専心さ、掛けた時間も費用も並みではありません。科学研究部門という当然のルートを選ばず人材を育成する高中の教師の道を選んだことに一般の支持が得られず、「大材小用」とされているようです。日本が自衛を超えた能力のある世界最強のイージス艦を自衛のため投入したという意味でも「大材小用」がいわれます。批判のない「大材小用」は盆栽でしょうか。
 

  • 2019年03月13日(水)
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「千羊之皮」(せんようしひ)

「千羊之皮は一狐之腋に如かず」(『史記「商君列伝」』など)といわれます。厳冬の寒気を防ぐ羊毛の外着「千羊之皮」に勝る「一狐之腋」というのは、狐の腋の下の白毛皮でつくった「狐裘」(こきゅう)のこと。白く美しくやわらかで最高の暖衣とされていました。この珍貴な衣服は「一狐之腋」という四字熟語を残して絶えてしまったようです。

 このことばが帝王から発せられると「千人の諾諾は一士の諤諤に如かず」の意味となり、諾々と従う千人の臣下は諤々と直言する一人の賢臣に及ばないという嘆きになります。その上でさらに「千金之裘は一狐之腋に非ず」と用いられて、国を治めるには優れた人物が数多く必要なのだという要望にもなるのです。諤々の論議も成果につながるからで、わが『太平記「一六」』には楠木正成が兵庫で出会った新田義貞にこぼした「衆愚の諤々たるは、一賢の唯々には如かず」とあり、これもまた機に臨んでの至言というべきでしょう。毛を刈られ丸裸にされた羊たちに配慮して「百羊之皮」もいわれます。

  • 2019年03月06日(水)
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「開源節流」 (かいげんせつりゅう)

 初めての超100兆円新年度予算案が衆議院を通過しました。健全な財政のためには、『荀子「富国篇」』の説く、明主は「養其和、節其流、開其源」から「開源節流」がいわれます。財源を開拓して収入を増し、支出を抑えて節約するというのは千古不易の富国のための要諦です。国家も企業も家庭も個人もそれぞれ「開源節流」に努めて事業や暮らしを安定させ、その上での協調「和」が平和な社会をつくっているのです。
 企業では、鴻海とシャープ(夏普)が連携するに当たって、鴻海側が力説して求めたのが「開源節流」でした。4年余のあいだ粘り強く協調しながら交渉をし大功を立てたのが戴正呉社長で、鴻海の「徳川家康」と呼ばれているようです。政府が1月から導入した「国際観光旅客税」は、出国時に1000円を徴収するもので、27年ぶりの新税。渡航条件をゆるくしておいて、「雁過抜毛」(『児女英雄伝「第三一回」』など)をねらった財源探しの「開源節流」ですが、日本政府はここまでやるのかという評も聞こえます
 

  • 2019年02月27日(水)
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「政出多門」(せいしゅつたもん)

「政出多門」はいろいろな部門が政策を出すことですから、民主主義の社会なら良い意味で用いられるところですが、「除く、避ける」ものとされていて事情は逆。理由は原意になった「政多門」(『左伝「襄公三十年」』から)が、大国にはさまれた陳国の君主が卿大夫らから出された政(政令)を領導できずに国を滅ぼしてしまった故事からのため。一方に「政由己出」があって、己は項羽のこと。「政はおのれより出づ」として独断専行。章炳鱗も『民報』を発禁にした内務大臣平田東助のやり方をこう評しています。

 すでに採り上げた「群龍無首」(2018・8・15)は無首のために困った状態が想定されますが、これも逆。原意になった『周易「乾」』の「群龍無首」は、天徳による治世がおこなわれていたころには、優れた能力をもつ人物(龍)がたくさんいても互いに補いあってしごとをしていたので、とりたてて「首」とする人物を置く必要がなかったというのです。                                          政治は常に表裏があるようです。さてこの国の「政」はどのあたりにあるのでしょう。

  • 2019年02月20日(水)
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「遊手好閑」(ゆうしゅこうかん)

 近ごろのテレビ番組にお笑いや料理・食べ歩きが多いことに気づきます。手を遊ばせて生産的なしごとから離れて安逸にすごすことが「遊手好閑」(『紅楼夢「六五回」』など)です。用いるのは口ばかり。口の用はしゃべることとたべること。それを見て一日を「遊手好閑」にすごすのは褒めたことではないようです、年季のはいった技術を巧みに使いこなす器用な人をいう「手八丁」は褒めことばで、「口八丁手八丁」となるとけなしの意味合いが強まるのですが、ここから先のことわざ探索は本項の手に余ります。
 原稿を見ながら手を休(閑)めずに鉛字を拾う「検字」(植字)は、停電でも「盲検」ができる神業として最高の「手芸」であり、「手芸人」として尊敬を受けてきました。が、電脳(コンピューター)の出現で一夜にして鉛字が廃れてしまい、「用武之地」を失った技術者は少年でもできる電脳検字に関われず、複雑な思いで「遊手好閑」の日々を受け入れています。あれこれと労苦して身につける「手芸」の伝承が失われていきます。
 

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堀内正範氏

日本丈風の会 代表
Web月刊「丈風」編集人

当社が永く校正で携わった、『知恵蔵』(朝日新聞社)の元編集長、朝日新聞社社友。
現在は「日本長寿社会」を推進する「日本丈風の会」を主宰し、アクティブ・シニアを応援している。 中国研究を基にした四字熟語への造詣も深く、時事を切り口に、新聞や書籍において解説を行なっている。
日本丈風の会ホームページにて、「現代シニア用語事典」も掲載。

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