東京都新宿区の校正・校閲会社、円水社(えんすいしゃ)のブログ

  • 2019年09月18日(水)
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「梨園弟子」(りえんていし)

梨園わが国では歌舞伎界のこと。ですから「李園の弟子」といえば伝統芸能である歌舞伎を継承する役者のことをいいます。この成語は唐の長安の宮中での玄宗皇帝の故事由来します。楊貴妃を寵愛した玄宗楽器を弾き音律に通じていましたが、若者の歌舞の技培うために弟子300人を選んで宮中にあった梨園でみずから訓育に当たりました。そのことから伝統の音曲戯芸を伝える演劇界を「梨園」といい、俳優を「梨園弟子」(白居易「長恨歌」など)と呼ぶようになりました
 中国では京劇の芸が子が父の業を継ぐ形で伝承されています。「梨園世家」である梅家の梅蘭芳は代々旦角を称し、遷家では代々老生を唱えています。一門の俳優たちが「梨園弟子」です。わが国で歌舞伎の芸を継ぐ役者は世襲で、主役の継承する御曹司には特段のきびしい修業が課せられています。名跡には市川團十郎や尾上菊五郎があり、その襲名披露は「梨園弟子」あげてのイベントとなっています。
 

  • 2019年09月11日(水)
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「陋巷箪瓢」 (ろうこうたんひょう)

「陋巷」は貧しい者が身を寄せ合って住む街。「箪」は竹作りの食器。「瓢」はひょうたんの中身をくり抜いた酒や水を入れる器。孔子の弟子である顔回は、陋巷をわが住む街と決めて終始変わらず、一箪の食、一瓢の飲という貧しい暮らしにも泰然としていました。そんな弟子を孔子は「賢なるかな回(顔回)や。一箪の食、一瓢の飲、陋巷にあり。人はその憂に堪えずも、回やその楽を改めず」(『論語「雍也」』から)とほめています。
 曲阜の「孔廟」を訪れたら、大成殿などの大建築はさておき、孔子故宅にある「孔宅故井」を見落とさないこと。そこから300mほどの顔回が住んだ陋巷にある「顔廟」には「陋巷井」が残っています。さほど遠くない二つの井戸を訪ねると、「賢なるかな回や」という弟子をほめる師の声や顔回の早死を嘆く「ああ天、われを喪ぼせり」(『論語「先進」』から)と孔子が天に向かって慟哭する姿が偲ばれます。「陋巷箪瓢」(袁枚『小倉山房文集「第二十六首」』など)にはそれぞれ達意の人生が示されているようです。
 

  • 2019年09月04日(水)
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「晏御揚揚」(あんぎょようよう)

 宰相が乗る四頭立て馬車となれば、いまなら超のつく高級車だったでしょう。春秋時代の斉の宰相晏子(晏嬰)が乗る馬車の御者「晏子之御」が、得意がって「意気揚揚」だったのも無理からぬこと。そのようすを見かねて妻がいいます。「六尺にも満たない晏子が宰相として常に控えめなのに、八尺もあるあなたは御者というのに揚々としている」と、志の低い夫に離縁も辞さずと迫ったのです。そののち御者は「意気揚揚」を別の車の御に譲って身を処すようになり、晏子に取り立てられて大夫となったといいます。しかし「晏御揚揚」(『史記「晏嬰列伝」』から)は成語となって残ってしまいました。  とくに財界の新年会などで際立ちますが、都心のホテルでの会合でトップが宴会場へ去った地下駐車場に居並ぶ超高級車。待つ運転手はひまにまかせて周囲の車の値踏みをしながら「晏御揚揚」を実感することになります。運転手でなくとも有名大学や著名企業や高い地位や血筋といったノリモノを振りかざす人物はさながら「晏子之御」なのです。
  • 2019年08月28日(水)
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「木已成舟」 (もくいせいしゅう)

 伐り出された木材はすでに加工されて舟となっているという「木已成舟」I(夏敬渠『野叟曝言(九・一四九回)』など)は、すでに事情が定まってしまって改めることができないこと、もはや挽回できないことにいいます。この比喩としてわかりやすい「木已成舟」は古い用例がなく、典拠として『野叟曝言』よりやや後の李汝珍『鏡花縁「三五回」』などが引かれていることから清朝での新語のようです。近代にも巴金は『春「一五回」』の中で、封建時代の因習を打破する反逆の勇気を「木已成舟」として若者たちに託しています。
 木の用については、孔子が弟子の宰予を評した「朽木は彫るべからず」(『論語「公冶長第五」』)が古くから知られていますが、こちらは木の用としては否定的な事例です。
 トランプ大統領の登場による一国優先主義は、第二次大戦後つづいてきた国際協調を反転させ、アメリカ経済の回復どころか大不況を招いた第一次大戦後の二の舞を演じようとしています。歴史に学べない国際的暴挙として「木已成舟」がいわれます。

  • 2019年08月21日(水)
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『大隠朝市』(たいいんちょうし)

 先の大戦の戦禍のあと、復興から高度成長そして繁栄期の日本をこしらえた功労者である高齢者(65歳以上)のみなさんは、意識の上でも実生活でも「毎日が日曜日」といわれる余生(隠居)を送っています。やれやれと肩の荷をおろして。
 隠居については西晋時代の王康琚「反招隠」詩に「大隠は朝市に隠る」があって、真の隠者はにぎやかな市中に暮らしているというのです。唐代の白居易(字が楽天)は「中隠」詩で、大隠はやはり朝市に住むこと、喧騒を離れ丘樊(郷村、山中)に入るのは小隠で、「出づるに似てまた処(お)るに似たり」の中隠をよしとしています。しごとに留まっても心と力を労せず、忙しすぎず閑でもない、飢えと寒さをしのぐ給与もえられるというもの。今いうところの「生涯現役」が近いですがやや忙しそう。3500万人に達した高齢者がみんな小隠では年金不足は起って当然のことでしょう。中隠といわず「大隠朝市」人生を志向する時期にあるようです。
 

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堀内正範氏

日本丈風の会 代表
Web月刊「丈風」編集人

当社が永く校正で携わった、『知恵蔵』(朝日新聞社)の元編集長、朝日新聞社社友。
現在は「日本長寿社会」を推進する「日本丈風の会」を主宰し、アクティブ・シニアを応援している。 中国研究を基にした四字熟語への造詣も深く、時事を切り口に、新聞や書籍において解説を行なっている。
日本丈風の会ホームページにて、「現代シニア用語事典」も掲載。

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