東京都新宿区の校正・校閲会社、円水社(えんすいしゃ)のブログ

「命若懸糸」(めいじゃくけんし)

「命」が細い一本の糸に託されているような危うい状態にあることを「命若懸糸」(『敦煌変文集「大目乾連冥間救母変文」』など)といいます。

かつて大正七年に芥川龍之介が『赤い鳥』創刊号に書いた「蜘蛛の糸」の犍陀多(カンダタ)の姿が思い出されます。上記原典では目乾連(モクケンレン)が地獄から母を救い出そうとするのですが、犍陀多は蜘蛛の糸にすがって地獄をのがれて極楽へたどり着こうと喘ぎます。天国と地獄というのは格差が広がってゆく時代の表現だったのでしょう。そこで「自分だけは」と考えた犍陀多は地獄に落ちていきました。後に自死する芥川がその後の生きづらい時代までを予見していたかは不確かですが。

国会前の集会で出会った若い女性たち。将来、産み育てる子どもたちの労苦を予見するがゆえの行動に共感を覚えました。平和について戦いの現場しか語らなかった男たちに対峙する、産む性としての「命」への感性が息づいていました。




「寿終正寝」 じゅしゅうせいしん

 平和な時代に暮らしていると、天寿を全うして生涯を終えることは、それほどむずかしいことではないように思われますが、戦争に明け暮れしていた時代やそれが予測される時代には、安眠できることが理想の人生でした。長い平和がつづいて、「戴白の老も干戈をみず」(老人も戦争を知らない。北宋時代)というのは、史上でも稀有な時期といえます。それでも災害や事故に遭遇して、だれもが天年を尽くして穏やかに寿終を迎えることはむずかしいのです。古来、長寿は上寿百二十歳、中寿百歳、下寿八十歳(孔頴達等『正義』など)といわれています。

自宅の居間で穏やかに死を迎えられることが「寿終正寝」(許仲琳『封神演義「一一回」』など)です。世界大戦が終わって安らかに眠れるようになって七十年。願っても得がたいその夢を国民から奪う「安保法制」が国会承認されようとしています。後人の「寿終正寝」のためにも取り返しがつかない一歩を許すわけにはいきません。

「摩肩接踵」(まけんせっしょう)

 並んだ肩と肩をすり合わせ、踵に踵を接するほどに人が多く絶えないようすを「摩肩接踵」(黄庭堅『豫章先生遺文「三」』など)といいます。東京・浅草寺の仲見世や大阪・造幣局の桜の通り抜け(ことしは4月9〜15日)。桜の花見は中国にもあって、武漢大学キャンパス内の500mほどの桜花大道が有名です。一人20元の入場料は大学にとって大きな収入源になっています。「摩肩接踵」は訪問客が多いこと、博物館の展示が人気なこと、優れた人材が多く集まることにも用いられます。

最近では中国が主導して設立した「アジアインフラ投資銀行」(AIIB・亜洲基礎設施投資銀行)の申請期限であった3月31日までに、48カ国が参加を表明したことに「摩肩接踵」がいわれました。日本はアメリカとともに創設メンバーには加わりませんでした。リスクはあるものの開発途上国が資金を借りやすくなることで発展が見込まれ、国際金融の秩序を変えると推測されています。

「胆大包天」(たんだいほうてん)

 キモが大きいことには際限がありません。「胆大包天」(欧陽予倩『荊軻「第四幕」』など)ともなれば何ごとも恐れず、大胆極まりないということで、いまは悪事など困ったことに使われます。白昼堂々と脱獄したり(米)、赤の広場のレーニン廟に酒をかけたり(露)、34年間無免許運転していたり(日)、派出所を狙って車を盗んだり(中)・・。
 魯迅は若い人の作品に「胆大心細」を求めていますから、新しいことをするに際しては「胆大心細」あるいは「胆大心雄」であってはじめて成就することは確かです。何かを恐れて「胆小如鼠」というのでは、社会も人生も変わらないどころか萎縮(デフレーション)していきます。

歴史上では「胆如斗大」が知られます。三国時代の蜀の武将姜維が死んで腹を開いたところ、胆が斗大(斗は10升)あったということから、万夫といえども恐れず闘うという武勇の人にいわれます。

「手舞足踏」(しゅぶそくとう)

 両手で舞いながら足を踏みならし跳びはねる。歓喜の極まったようすを「手舞足踏」(『詩経「周南・関雎」』など)といいます。時には興奮のあまり狂態に近い姿を示すこともあります。『水滸伝「三九」』で、宋江が狂蕩の思いにかられて「手舞足踏」し、筆をとって「西江月」の詞を白壁に書きつける場面などはその極みでしょう。

身近な例では、よさこい連とか、スペイン舞踊とか、はたまたEXILEを思う人もいるでしょう。親しいのは桜花の下で催す酔余のはての舞い踊り。女子バレーボールで接戦の末に勝利した瞬間のコートの舞、サッカーでむずかしいゴールを決めた歓喜の瞬間は、さまざまな「手舞足踏」をつくり出しています。

心のうちの静かな表現にもなります。微妙なところでは、「リムパック」(環太平洋合同演習)に今年初めて中国海軍が参加して、船上でお互いの軍官が歓迎しあうようすにもそれが垣間見えました。 

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堀内正範氏

日本丈風の会 代表
Web月刊「丈風」編集人

当社が永く校正で携わった、『知恵蔵』(朝日新聞社)の元編集長、朝日新聞社社友。
現在は「日本長寿社会」を推進する「日本丈風の会」を主宰し、アクティブ・シニアを応援している。 中国研究を基にした四字熟語への造詣も深く、時事を切り口に、新聞や書籍において解説を行なっている。
日本丈風の会ホームページにて、「現代シニア用語事典」も掲載。

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