東京都新宿区の校正・校閲会社、円水社(えんすいしゃ)のブログ

「半路出家」(はんろしゅっけ)

 仏教国ではない中国で、実際に仏教にひかれて出家するというニュアンスはなく、人生の途中でこれまで従ってきたしごとや立場を離れて新たなしごとや立場につくことを「半路出家」(『西遊記「四九回」』など)といいます。シャカが29歳で王族としての安逸な暮らしを離れて世俗界に身を投じたことに、みずから選んで悔いのない人生を送ろうとした覚悟の姿を見るのです。魯迅が医から文に、斑固が文から武に転じたように。
 自問しつつ新たな事業活動に従事すること、いま中国はそういう時期にあることからよく用いられることばです。成功すれば「半路出家」による立志伝の人に。昨今では創業者や投資家が話題になります。ひと足早い日本では、たとえば建築家の安藤忠雄氏のように若い日に世界放浪の旅に出て、インドのガンジス河畔で生と死が混然一体となった世界に衝撃を受けて「生きること」を自問したことで、ファッションの三宅一生氏のように成功を固定化しないで深化・進化しつづける人などが注目されています。

「一諾千金」(いちだくせんきん)

 新年前夜の12月31日、習近平主席は報道機関を通じて「2018年新年賀詞」を発表し、その中で2017年を「天道酬勤、日新月異」という8字で回顧しています。「天道酬勤」は精出して勤務に奮闘する者は必ず報われるということ。「日新月異」は日々あらたな事物が出現し月々変化していくようす。日本では「日進月歩」というところです。とくに「慧眼」(X線天文衛星)打ち上げ、「C919大型旅客機」テスト飛行成功、国産空母「山東」建造、深海観測「海翼」号完成など科学技術の創新が際立ちます。
 重点課題の展望では、2020年までに「全民脱貧」という史上実現をみなかった目標の達成を「一諾千金」といいきりました。「一諾千金」(『史記「季布伝」』など)はひとたび約束したことは絶対に守るということ。「黄金百斤を得るは季布の一諾を得るに如かず」(黄金百斤より季布の一諾のほうが価値がある)からで「季布一諾」ともいいます。国民が安心して暮らせる「小康社会」達成には欠かすことのできない事業だからです。
 

「小康之家」(しょうこうしか)

「小康之家」(李海観『岐路灯「八三回」』など)というのは、富裕とはいえないけれど日々を安穏に暮らせる資材を有する家庭のこと。「小康」は到達点ではなくなお発展段階にある状態をいいます。到達点は「大同」(『礼記「礼運」』から)でしょう。歴代の為政者が求めつづけてきた理想の社会が「大同社会」(外に戸を閉ざさず)です。一方、「小康」(『詩経「大雅・民労」』から)も淵源は遠く、民衆の暮らしに根ざした概念です。

「小康社会」は小平副総理が1970年代末から80年代初めにかけて、中国経済社会の青写真として提出した戦略構想です。1979年12月、日本の大平正芳首相が訪中した際に小平副首相が初めて用いて以来、20世紀末までの戦略目標となりました。「小康水平」とも。2012年11月、胡錦涛総書記が「第十八回党大会」で「小康社会の全面的建設のために奮闘する」旨の報告をおこない、2017年「第十九回党大会」では習近平総書記が「小康社会の全面的な建成に決着」を目標に掲げています。

「万人空巷」(まんにんくうこう)

 家々から人が出てきて一カ所に集って巷に人がいなくなる状態を「万人空巷」(蘇軾「八月十七復登望海楼」など)といいます。毎年恒例の盛大な祭事や慶祝行事や歓迎集会や新奇な事物などで見かけますが、民衆に慕われた人物ならどこへ出かけてもそういう情景を現出するでしょう。映像の時代でもそんな実景にかわりはありません。
 宗教にちなむローマ法王のような方なら静かに、サッカーなどスポーツ選手や歌手などエンターテイナーなら熱狂的に。政治の場面では8月29日に発射された中距離弾道ミサイル火星12の成功を祝うピョンヤン街のようす。国の未来を国民が選ぶ総選挙もその機会ですが、候補でない人の演説に聴衆が集まる風景も見られるようです。
 東京・上野動物園で6月に生まれたメスのパンダちゃん。名前の一般公募32万通(2万通り)から9月に「香香(シャンシャン)」と名づけられて、半年後の12月に公開されますが、きっと「万人空巷と呼ぶにふさわしい情景を現出することでしょう。
 

「同室操戈」(どうしつそうか)

 同室の者同士で武器を操ることが「同室操戈」(『後漢書「玄伝」』など)で、兄弟間の争いや内部抗争での比喩としてよく用いられます。「同室異夢」あるいは「同床異夢」であれば急にどうということにはなりませんが。
 歴史上で有名なのは魏の曹操の子曹丕と曹植の兄弟の間。「七歩の詩」に、豆を煎るのに豆がらを燃く。豆は釜中にあって泣く。本は是れ同根より生ずるを、相煎ること何ぞはなはだ急なるとあって、「同室操戈、相煎何急」として用いられます。周恩来が国共両軍の争いを嘆いたことで知られます。たとえばiPhone8と10周年記念のiPhoneX、バイクのヤマハR1MとR1Sといった製品の「同室操戈」も話題になります。韓国ロッテ辛一族の骨肉の争い、卓球での平野美宇と中国選手丁寧との争いも「同室操戈」のうち。
 アメリカのように銃規制のゆるい国のこわさをラスベガス事件が教えています。なんでもアメリカ追随の日本で、「同室操戈、相似(煎)何急」とならないことを願います。

 

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堀内正範氏

日本丈風の会 代表
Web月刊「丈風」編集人

当社が永く校正で携わった、『知恵蔵』(朝日新聞社)の元編集長、朝日新聞社社友。
現在は「日本長寿社会」を推進する「日本丈風の会」を主宰し、アクティブ・シニアを応援している。 中国研究を基にした四字熟語への造詣も深く、時事を切り口に、新聞や書籍において解説を行なっている。
日本丈風の会ホームページにて、「現代シニア用語事典」も掲載。

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