東京都新宿区の校正・校閲会社、円水社(えんすいしゃ)のブログ

  • 2019年09月04日(水)
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「晏御揚揚」(あんぎょようよう)

 宰相が乗る四頭立て馬車となれば、いまなら超のつく高級車だったでしょう。春秋時代の斉の宰相晏子(晏嬰)が乗る馬車の御者「晏子之御」が、得意がって「意気揚揚」だったのも無理からぬこと。そのようすを見かねて妻がいいます。「六尺にも満たない晏子が宰相として常に控えめなのに、八尺もあるあなたは御者というのに揚々としている」と、志の低い夫に離縁も辞さずと迫ったのです。そののち御者は「意気揚揚」を別の車の御に譲って身を処すようになり、晏子に取り立てられて大夫となったといいます。しかし「晏御揚揚」(『史記「晏嬰列伝」』から)は成語となって残ってしまいました。  とくに財界の新年会などで際立ちますが、都心のホテルでの会合でトップが宴会場へ去った地下駐車場に居並ぶ超高級車。待つ運転手はひまにまかせて周囲の車の値踏みをしながら「晏御揚揚」を実感することになります。運転手でなくとも有名大学や著名企業や高い地位や血筋といったノリモノを振りかざす人物はさながら「晏子之御」なのです。
  • 2019年08月28日(水)
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「木已成舟」 (もくいせいしゅう)

 伐り出された木材はすでに加工されて舟となっているという「木已成舟」I(夏敬渠『野叟曝言(九・一四九回)』など)は、すでに事情が定まってしまって改めることができないこと、もはや挽回できないことにいいます。この比喩としてわかりやすい「木已成舟」は古い用例がなく、典拠として『野叟曝言』よりやや後の李汝珍『鏡花縁「三五回」』などが引かれていることから清朝での新語のようです。近代にも巴金は『春「一五回」』の中で、封建時代の因習を打破する反逆の勇気を「木已成舟」として若者たちに託しています。
 木の用については、孔子が弟子の宰予を評した「朽木は彫るべからず」(『論語「公冶長第五」』)が古くから知られていますが、こちらは木の用としては否定的な事例です。
 トランプ大統領の登場による一国優先主義は、第二次大戦後つづいてきた国際協調を反転させ、アメリカ経済の回復どころか大不況を招いた第一次大戦後の二の舞を演じようとしています。歴史に学べない国際的暴挙として「木已成舟」がいわれます。

  • 2019年08月21日(水)
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『大隠朝市』(たいいんちょうし)

 先の大戦の戦禍のあと、復興から高度成長そして繁栄期の日本をこしらえた功労者である高齢者(65歳以上)のみなさんは、意識の上でも実生活でも「毎日が日曜日」といわれる余生(隠居)を送っています。やれやれと肩の荷をおろして。
 隠居については西晋時代の王康琚「反招隠」詩に「大隠は朝市に隠る」があって、真の隠者はにぎやかな市中に暮らしているというのです。唐代の白居易(字が楽天)は「中隠」詩で、大隠はやはり朝市に住むこと、喧騒を離れ丘樊(郷村、山中)に入るのは小隠で、「出づるに似てまた処(お)るに似たり」の中隠をよしとしています。しごとに留まっても心と力を労せず、忙しすぎず閑でもない、飢えと寒さをしのぐ給与もえられるというもの。今いうところの「生涯現役」が近いですがやや忙しそう。3500万人に達した高齢者がみんな小隠では年金不足は起って当然のことでしょう。中隠といわず「大隠朝市」人生を志向する時期にあるようです。
 

  • 2019年08月14日(水)
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「恕己及人」(じょききゅうじん)

 暑熱の8月15日を迎えて思うこと。聖人(リーダー)の道は「為して争わず」(『老子「八一章」』から)と言い残して関外へと去った先哲は、また「善く戦う者は怒らず」(怒りでは戦わない)ともいいます。怒りで争えばさらに怒りを生むからです。胸中にうずいて勢いづく「怒」をなだめてゆるやかな「恕」に変え、おのれの恕を人に及ぼすことで争いを回避・解消できるというのが「恕己及人」(葛洪『抱朴子「至理」』など)です。

 日ごろ身近な「怒」(ど。いかる)の傍らに「恕」(じょ。思いやる、ゆるす。人名用漢字)があり、この女性に起因するふたつの文字は心の同じ部位から異なった感情を表出しています。「一言にして終身行うべきもの」を門弟(子貢)から問われた哲人(孔子)は「それ恕か。おのれの欲せざる所は人に施すなかれ」(『論語「衞霊公十五」』)と答えています。わが福沢諭吉も『福翁百話「八」』で「恕の道」を認めています。恕子(ひろこ)さん、人びとの心の中の「怒」を「恕」に変えてください。言い過ぎていたらお恕しを。

 

  • 2019年08月07日(水)
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「寥若晨星」(りょうじゃくしんせい)

 東の空が明るんで暁の光が射すころになると、天空にあって数えることができないほど輝いていた星が消えていきます。新しい朝を迎えて最後まで輝いている星が「晨星」です。あけの明星(金星・啓明星)を最後にして。親しい友人や人材が次第に減っていくようすが「寥若晨星」(孫文『建国方略「二」』など)です。「寥落晨星」「落落晨星」とも。
 魯迅も『書信集「致山本初枝」』に、上海の内山書店で「談論できる人が晨星のように少なくなって(寥若晨星)、寂寞の感」と記しています。数が少なくなった意味合いで用いていますが、「晨星」はそれゆえ「鳳毛麟角」に比べられるかけがえのない人びとなのです。鳳凰の羽毛と麒麟の角はどちらも貴重で希少なものにいわれます。
「人生100年」時代にいくつから「晨星」と呼べるかわかりませんが、戦禍から立ち上がって史上希な70年余の「平和と平等」の社会を創った先人の訃を聞くたびに、次世代にメッセージを送りつづけた「晨星」がまたひとつ失われる寂寥を感じるのです。
 

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堀内正範氏

日本丈風の会 代表
Web月刊「丈風」編集人

当社が永く校正で携わった、『知恵蔵』(朝日新聞社)の元編集長、朝日新聞社社友。
現在は「日本長寿社会」を推進する「日本丈風の会」を主宰し、アクティブ・シニアを応援している。 中国研究を基にした四字熟語への造詣も深く、時事を切り口に、新聞や書籍において解説を行なっている。
日本丈風の会ホームページにて、「現代シニア用語事典」も掲載。

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