東京都新宿区の校正・校閲会社、円水社(えんすいしゃ)のブログ

  • 2019年07月10日(水)
  • -

「一鼓作気」(いっこさくき)

『春秋左氏伝』によれば、春秋時代243年間に発生した戦闘は450余を数え、平均して一年に二度の戦争が行われたことになります。戦闘に参加したのは士以上の貴族で平民は武器を所持せず貢物を納めるだけとはいえ「安居楽業」(前出)は夢でした。 

 戦闘を開始するときには太鼓を撃って士気を盛り立てますが、とくに最初の撃鼓で兵士の闘志を一気に奮い立たせることが「一鼓作気」(『春秋左氏伝「荘公十年」』から)です。紀元前684年、三鼓まで打って侵攻してきた大国の斉軍に対して、満を持して士気をみなぎらせた弱小国の魯軍は、そこで初めて鼓を撃って戦端を開き、斉軍の撃退に成功しました。そのことから「一鼓作気」は戦術に採り入れられました。

 今日でも力をみなぎらせて一気にことを仕遂げる事例に「一鼓作気」を用います。太鼓を打って士気を鼓舞する事例では、甲子園の高校野球で、応援席に陣取った太鼓を打って繰り広げる応援合戦は観客スタンドの欠かせない「一鼓作気」の情景です。

 

  • 2019年07月03日(水)
  • -

「大腹便便」(だいふくべんべん)

 便便は肥大しているようすで、「大腹便便」は下腹の出た中年男性をいいます。後漢時代の辺韶(孝先)という師に対する弟子たちの揶揄「辺孝先、腹便便」(『後漢書「辺韶伝」』)からのようです。辺韶は、腹には五経がつまっており、よく睡るのは孔子のように夢で周公に会って腹中の経論を談じているからだと切り返しています。後に大がつきました。「大腹便便」の商賈といえば豊かさの表象です。安定期の唐代のでっぷり玄宗にぽっちゃり美人の楊貴妃(60キロ+)はダイエット時代には現われないでしょう。
 かつてサッカーファンを沸かせた有名選手が引退後に呑みすぎ食いすぎで「大腹便便」の中年男にといった個人の例ならまだしも、戦闘力を期待される軍人の「大腹便便」が指摘されています。アフガン戦線でビールを呑まなきゃいられなかったドイツ軍兵士。機械化で任務に支障がないとはいえ訓練を避ける軍人の増大は米軍でも問題になっています。「大腹便便」の軍人や警察官は戦闘のない平和の証なのですが。

  • 2019年06月26日(水)
  • -

「甘井先竭」(かんせいせんけつ)

 コンビニにもスーパーにも500mlボトル詰めの「おいしい水」が棚に並んでいます。栄養成分はみんな0.台で。各地の「名水」で泉眼からこんこんと沸き出る水は冷たくておいしくて甘い。訪れた人たちはそんな甘井が涸れることなど考えもしないでしょう。
 荘子は「直木先伐、甘井先」(『「山木篇」』から)といいます。木は用材にふさわしい素直な木から先ず伐られ、おいしい水の出る井戸は汲み取る人が多くなって枯渇してしまう。八字を合わせて荘子は、才能や長所はそれがかえってわざわいになること。天年(天寿)を終える障碍にしないためには、材と不材の間にいることだというのです。
 唐の李白は士たるものは直木ならまず伐られてもしようがないし、香木ならみずからを焼いて香を証すかしかない(直木忌先伐,芳蘭哀自焚「古詩古風五十九首之三十六」から)といいます。世界各地からやってきた水を眺めながら、「甘井先竭」人生を知ってなお果敢に「直木先伐」を覚悟として生きる者がいることを思うのです。
 

  • 2019年06月19日(水)
  • -

「真相大白」(しんそうだいはく)

 真相が完全に明らかになることを「真相大白」(周而复『上海的早晨』など)といいます。いまを時めく常用成語で事例にはこと欠きませんが、まずはホルムズ海峡での日本運航タンカーへの攻撃があります。アメリカとイランが犯人を押しつけあって実行者の姿が確かにならず、不明「真相大白」」です。それよりも安倍首相がトランプ大統領の意向で動くことで、先人が培った平和国家の評価が脅かされかねないのです。
 こんなことも。青森県八甲田のスキー場でだれかが樹氷にスプレーで「生日快楽)」と落書きをした。連れの女性の誕生日を祝って喜んでもらおうとしたもので、このニュースが流れたとき日本人の多くはスキー客の中国人カップルのしわざと思ったというのです。のちに29歳のミャンマー人と知れて「真相大白」となったものの中国の旅行客にしこりを残したできごとでした。古くは「水落石出」といったようです。これですと経緯は次第に明らかになりますが、逆行「真相大白」というのが現代事情のようです。

  • 2019年06月12日(水)
  • -

「進寸退尺」(しんすんたいしゃく)

 一寸進んで一尺退くとなると、退き方が大きすぎるのでどうなるのでしょう。一方に尺では短すぎて寸では長すぎるという言い方もありますから、そのあたりは気にしながら「進寸退尺」(『老子「六九章」』など)は、得るところ少なく失うところが多い場合に、古くから用いられてきたことばです。老子はこれこそが兵法で勝利する道と説いています。唐の韓愈は、およそ二十年、薄命不幸でややもすれば讒謗にあい、「進寸退尺」ついに成るところなし、とみずからを励ましつつ採用を訴えています(上兵部李侍郎書)。 
 対しては「得寸進尺」(『戦国策「秦策三」』から)があって、范雎は秦王に寸を得たのだからただちに尺へとすすめています。貪欲なことが勝利への道だというのです、たしかに優れた研究者は満足しないこと、どこまでも貪欲であるのは必要なことです。
 高齢期の学者なら「進寸退尺」が実感でしょうし、自国ファーストに向かう大国の思惑で逆風をあびて、日本経済が「進寸退尺」にならないことを祈るばかりです。
 

<< | 3/73PAGES | >>
webサイトはこちら

堀内正範氏

日本丈風の会 代表
Web月刊「丈風」編集人

当社が永く校正で携わった、『知恵蔵』(朝日新聞社)の元編集長、朝日新聞社社友。
現在は「日本長寿社会」を推進する「日本丈風の会」を主宰し、アクティブ・シニアを応援している。 中国研究を基にした四字熟語への造詣も深く、時事を切り口に、新聞や書籍において解説を行なっている。
日本丈風の会ホームページにて、「現代シニア用語事典」も掲載。

S M T W T F S
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930     
<< September 2019 >>